1 弁護士法第72条の歴史的役割の終焉
弁護士法第72条と、社会保険労務士法第23条削除については密接不可分な関係にあるので、まずは今日的司法制度の充実における前者の弊害を検証する。
(1)弁護士法第72条とは
弁護士法第72条の規定により、現在弁護士以外の社会保険労務士ほか隣接士業者は、業としてこれらの法律事務を取り扱うことが禁じられている。
【弁護士法第72条】
弁護士でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。
但し、この法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
(2) 弁護士法第72条の立法趣旨
昭和46年7月14日、最高裁判所では、その立法趣旨おおよそ以下の判例に示している。
「弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行うことをその職務とするところであって、そのため弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつその職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講ぜられているのであるが、世上には、このような資格もなく、何らの規律にも服さない者が、自らの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とする例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益を損ね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、同条はかかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられるのである。」(傍点は筆者が付す。)
この判例の趣旨を受け、反対解釈を行えば、「厳格な国家資格を有し、職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服し、その携わる専門分野たる諸法令の範疇であれば、法律事件に介入することを業とできる」となる。したがって、そもそも弁護士法第72条は、弁護士以外のすべての者を、例外なく法律事務から排斥するものではないことがわかる。
ところが現実問題として、立法趣旨を逸脱した同条の拡大解釈により、弁護士が法律事務を独占している。そして独占は既得権であるかの扱いを受けている。
(3)弁護士法第72条と現状とのギャップ
現在の社会情勢は本条が制定された当時とは大きく変わっている。たしかに、国民一般の教育水準がそう高くなかった時代には、一部の人間が一般人を欺いていい加減な法律事務を行う危険性があった。そのため、このような被害を未然に防止するために特定の者についてのみ法律事務の代理を認めていたのだが、国民の大半が高等教育を受けるようになった現代においては、既にそうした危険性は極めて少なくなっている。
むしろ、現代社会におけるこのような法律事務代理の制限は、いたずらに国民の「裁判を受ける権利」をはじめとした、憲法第13条に保障された国民の幸福追求権を阻害する状況を生んでいる。
以下にその理由を述べる。
一 弁護士の数不足の問題
欧米では国民700人に1人とも500人に1人とも言われる弁護士の割合が、我国では国民7,500人に1人の割合でしかない。それゆえ、国民の司法救済に関する法アクセスへの弊害を生んでいる。
この点につき、司法制度改革審議会の最終意見書(平成13年6月12日)で、弁護士の数を増やすことに決定した。その内容とは、現在1万7000人程度の弁護士であり、年間1000人の司法試験合格者数を、
I 現行司法試験合格者数の増加に直ちに着手し、平成16(2004)年には合格者数1,500人達成を目指すべきである。
II 法科大学院を含む新たな法曹養成制度の整備の状況等を見定めながら、平成22(2010)年ころには新司法試験の合格者数の年間3,000人達成を目指すべきである。
III このような法曹人口増加の経過により、おおむね平成30(2018)年ころまでには、実働法曹人口は5万人規模に達することが見込まれる。
したがって、ここ1〜2年のうちに国民が司法サービスを希望するとき満足に受けられる数に増員されるわけではない。ここ10年の間に平均して、年間2千人の弁護士が増えたとしても、10年で2万人の増であり、国民3,000人に1人の割合に増えるだけであり、欧米のそれには遠く及ばない。
長期的ビジョンは示されたものの、中短期的にどうあるべきかの議論を欠いており、依然として弁護士不足が続くこととなる。
ニ 高額な弁護士報酬の問題
説明義務はあるとされているものの、弁護士報酬は事案の内容により最初から明確に算出できないため、裁判慣れしていない少なからずの国民は、巷間でいわれる多額の弁護士報酬にニの足を踏む。実際の事案に当てはめ計算しても庶民感覚からかけ離れた報酬額がはじかれる。
そして、勝訴したとしても金銭的利益は弁護士費用に吸収されてしまい、実質的にはゼロになることが頻出している事情も、国民を法の救済から遠ざける結果となっている。
三 訴額が低くなると本人訴訟が多くなる実態
少額の訴訟では弁護士の関与率が低く、特に簡裁では9割を超える訴訟が本人訴訟で行われている。弁護士法第72条の規定により、裁判を起こすのには弁護士に依頼するか、本人が自分でするかの二者択一でしかない。
よって、弁護士が関与しないのであれば裁判そのものをあきらめるか、本人で行うかを選択しなければならないこととなる。よって、先の本人訴訟が9割であるという事実を鑑みるに、その数倍の法律事件が専門家の判断を受けられずに放置されている現状が推察できる。
これは弁護士法第72条で法律事務の独占を強いていながら、国民に対しその義務を怠っていることに他ならない。
四 専門性の分化
弁護士法が制定された昭和24年当時、戦後の混乱期とあいまって、国民の権利を守るという観点から、また他に適当な資格を持つものがないとの事情から、弁護士法第72条が設けられた。その後、社会の仕組みは目覚しく高度化し一方複雑化し、労働・社会保険制度も専門知識をもつ士業が必要となり、昭和43年、社会保険労務士法が創設された。
周知のとおり、昨今では世界に類を見ない急速な高齢化、それに伴う社会保障制度の抜本的な見直し、また過去の歴史で経験のない経済不況による未曽有の失業率を受け、新法の制定、毎年のように大幅な法改正がされるなど、社会の仕組みは複雑細分化してきている。労働・社会保険諸法令を取り巻く状況も例外ではなく、むしろそれが顕著である。
このような時代にあり、法全般を扱うすべての弁護士が、労働・社会保険諸法令を熟知しているか否かは甚だ疑問である。現在ですら、労働法の分野を不得手とする弁護士は少なくないと聞くが、司法試験から労働法が外されたことも、今後新しく弁護士となる者の労働法離れに拍車をかけるだろう。
医療の世界では、内科、外科、眼科というように、専門科目の分化がされており、その道に精通した医師が適切な処置を施す。
司法の分野でも同じことが言え、特定の法律の専門家だからこそ適切な問題解決を図るれることもある。
五 弁護士が引き起こす不祥事の実態
弁護士法第1条で基本的人権を擁護し、社会正義を実現することが弁護士の使命であると定められている。
ところが、バブル経済の崩壊以降、弁護士の引き起こす不祥事は目に余る物がある。あろうことか「整理屋」となり、多重の債務に苦しむ人を食い物にする弁護士も少なくない。ここ数年来、金絡みの罪を犯し、実刑判決を受ける弁護士の数が急増している。社会正義、人権を標榜する日本弁護士連合会にして実態はこうなのだ。元東京地検特捜部長河上和雄氏も指摘するとおり、暴力団を除いて毎年これだけの逮捕者を出す組織は他にないだろう。弁護士会の機関誌「自由と正義」には、毎号10ページにもわたって懲戒処分者の発表がある。それだけ自浄能力が高い組織と評価できる反面、弁護士とて人間の集りであり、人格的に清廉で高潔な者だけが携わる職業だとはいえないことになる。これだけ不祥事が多いと、弁護士という看板だけを頼りに、国民は安心して仕事を頼むわけにはいかない。
以上の理由から、昭和24年弁護士法が制定された当時、他人の法律事件に介入して不当な利益をあげる三百代言を取り締まることが趣旨であった、「弁護士法第72条」の歴史的役割はとうに終わっていることは明白である。
2 「労働争議」と「労使紛争」の定義
社会保険労務士法第23条を語るには、各論に入る前に、まず「労働争議」と「労使紛争」の定義を明確にしておかなければならない。
(1)用語の定義
一 「労働争議」…集団的な活動およびそれに対抗する行為
労働関係の当事者間において労働関係に関する主張が一致しないで、そのために争議行為が発生している状態又は発生するおそれがある状態をいうこと(労働関係調整法第6条)。《通達・昭和43年12月11日労発34号》
ニ 「争議行為」
同盟罷業(ストライキ)、怠業、作業所閉鎖、その他労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれに対抗する行為であって、業務の正常な運営を阻害するものをいう。
三 「個別労使紛争」=「個別労働関係紛争」
個別労働関係紛争(労働関係調整法(昭和21年法律第25号)第6条に規定する労働争議に当たる紛争及び国営企業及び特定独立行政法人の労働関係に関する法律(昭和23年法律第257号)第26条第1項に規定する紛争を除く。)に関するもの。
《個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条抜粋》
(2) 社会保険労務士法第23条で制限されるもの
社会保険労務士法第23条は、以下に定められている。
【社会保険労務士法第23条】
開業社会保険労務士は、法令の定めによる場合を除き、労働争議に介入してはならない。
したがって、同条が制限している事案は集団的な「労働争議」への介入のみを限定しているのであり、これをして「個別労使紛争」までも制限するものではない。
3 労働弁護団への反駁
労働弁護団の主張につき、個別的な争点をはっきりさせておく。
(1) 社会保険労務士法第23条と社会保険労務士の業
【労働弁護団の主張】
1 社会保険労務士法第23条は「開業社会保険労務士は、法令の定めによる場合を除き、労働争議に介入してはならない。」と定め、同法2条では、社会保険労務士の業務を、?@労働社会保険諸法令に基づいて行政機関に提出する申請書、届出書等の作成、?A同申請書等の提出手続の代行、?B同申請等の事項又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関しこれに対する主張・陳述の代理(事務代理)?C労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類の作成、及び?D労働争議に介入することとなるものを除いて、事業における労務管理その他の労働に関する事項及び社会保険に関する事項についての相談・指導の5つと定めている。
【当会の見解】
社会保険労務士法第23条については「開業社会保険労務士は、法令の定めによる場合を除き、労働争議に介入してはならない。」とあり、また同法第2条に社会保険労務士が業として行うことのできる事務が掲げられている。
【社会保険労務士法第2条】
1 別表第1に掲げる労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)に基づいて行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書、審査請求書、異議申立書、再審査請求書その他の書類(以下「申請書等」という。)を作成すること。
1の2 申請書等について、その提出に関する手続を代わつてすること。
1の3 労働社会保険諸法令に基づく申請、届出、報告、審査請求、異議申立て、再審査請求その他の事項(厚生労働省令で定めるものに限る。以下この号において「申請等」という。)について、又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関し当該行政機関等に対してする主張若しくは陳述(厚生労働省令で定めるものを除く。)について、代理すること(第25条の2第1項において「事務代理」という。)。
2 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(第1号に掲げる書類を除く。)を作成すること。
3 事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること(労働争議に介入することとなるものを除く。)。
これについて、労働弁護団と見解の相違はない。
【労働弁護団の主張】
ところが、今般、社会保険労務士の一部から労働争議介入禁止規定の見直しが主張され、関係各界に働きかけが行われている。
日本労働弁護団は、以下の理由により、労働争議介入禁止規定の見直しの必要はなく、その弊害が大きいことから同規定の撤廃に反対する。
【当会の見解】
労働弁護団が示す、「社会保険労務士の一部」とは、当「青年社会保険労務士連絡協議会」と解する。意見書、論文等関係各界に働きかけを行っている団体は、我会をおいて他にないからである。
なお、社会保険労務士法第23条の見直しは、国民の権利擁護のため必要不可欠との立場から、その反駁を後述する。
(2) 社会保険労務士法第23条撤廃をすべき理由
【労働弁護団の主張】
社会保険労務士の一部から出されている同規定の撤廃を求める意見は、「現在我が国では個別労働紛争が激増しており、ユニオン系労組介入事案が増加しているため表面的集団的紛争の様相を呈していることから、同規定により社会保険労務士が労使紛争から排除され、紛争解決に貢献できない」こと等を理由としている。
【当会の見解】
長引く不況による産業構造の大きな転換、雇用形態の変化、また労働者の権利意識の高まりから、労使間のトラブルは増加の一途である。また、この傾向は今後も続くことが予測される。
このような状況下、労働の専門家でありかつ法律家としての身分を有する社会保険労務士が知識と経験をフル活用して、これらの問題を迅速に処理する責務を負う。しかながら、現在の法体系においては、社会保険労務士がこうして役割を果たすことに数多の障害が存在する。その最たるものは、社会保険労務士法第23条の労働争議不介入条項である。
弁護士が、法律事務独占に伴う義務を十分果たしていないため、頼るものもなく、法知識が十分でない者同士が争ってみたところで、本当に問題解決がはかられるものではない。少なくとも労働問題に関しては、国民生活に密着した社会保険労務士の関与は認められるべきはずである。さもなくば、似非ユニオン等の事件屋の介入を招く余地を作ることとなり、結局国民の利便性と相反する結果となるであろう。
(3) 「介入する」の狭義の解釈、広義の解釈
【労働弁護団の主張】
この主張をみれば、撤廃を求める意見は、社会保険労務士が増加する個別労使紛争(個別的労働事件)に介入して労使紛争に直接関与することを意図している言わざるを得ない。すなわち、労働争議となっている事案について、使用者と労働組合の団体交渉に社会保険労務士が使用者の代理人もしくは使用者側の助言者として出席したり、団交の場以外で労使紛争に関する交渉を行うことも可能にしようという意図がある。
【当会の見解】
社会保険労務士が指導した労務管理事項について紛争又は労働争議が発生した場合に、当該社会保険労務士が事業主の委任を受けて、当事者となって交渉にあたること等は労働争議に「介入する」こととして同条により禁止されている。
しかしながら、この考え方は一般の常識からいってすこぶる疑問である。
例えば、争議行為の発生した事業所と何らゆかりもない社会保険労務士が関与する場合、あるいは実力行使に加わることの対策に加わったり、当事者一方の利益追求のみを目的として代理する場合は、不当な介入といえよう。
だが、特定の事業所(顧問先)で継続的に労使関係に関与している場合、途中から労働争議に発展したとしても、このような場合には労働争議に「介入する」ことになると狭く解釈すべきではない。
言うまでもなく、労使の自主的解決を導くために交渉の場に立ち会ったりあるいは助言することは「労働に関する事項について相談に応じ又は指導する」と社会保険労務士の業務を規定した、社会保険労務士法第2条第1項第3号を根拠として行い得るのである。
そればかりか、社会保険労務士の専門的な知識・経験をもって争議行為の自主的解決に寄与することは、かえって労使双方の利益にかなうものである。
また、日頃から労使の問題を知り尽くしている社会保険労務士をその場から排除することは、これまでの交渉を宙に浮かせることになりかねず、労使双方の利益に合致しないのは言うまでもない。また、そうなると社会保険労務士は労使問題を極力避けるようになる。
これでは、労働及び社会保険に関する法令の円滑な実施に寄与するとともに、事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資することを目的とした、社会保険労務士法の精神に反することになる。
当職自身、かつて顧問先で作成した賃金規定をめぐって紛争に巻き込まれた経験を持っている。
このときは、組合側の側から「なぜこれを作成した社会保険労務士がこの場にいないのか」といってきた。労使ともに場合によっては第三者(社会保険労務士)の仲介・助言・説明を必要とするのであると痛感したケースである。同じような経験を持つ社会保険労務士は少なくないはずである。このように、平和時に行われた労使問題の相談・指導が、争議の発生と同時に一切禁止されるということは、かえって当事者の不信と不満を招くことになる。
(4) 社会保険労務士法第2条第1項第3号は歴とした社会保険労務士の業務である
【労働弁護団の主張】
しかしながら、社会保険労務士法は、社会保険労務士のみが労働社会保険に係る業務を業として行うことができるものとし、労務管理等の相談・指導は付随的業務という位置づけである。
【当会の見解】
社会保険労務士法第2条第1項第3号には「事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること(労働争議に介入することとなるものを除く。)。」と規定しており、明確に社会保険労務士の業であるとしている。
何を根拠に、これらが社会保険労務士の付随業務と解するのか理解に苦しむ。労働弁護団の曲解は明白である。弁護士ともあろう者の、条文の読解能力に疑念を持たざるを得ない。
(5) 社会保険労務士法第23条が設けられた理由とそに対する今日的反論
【労働弁護団の主張】
そもそも社会保険労務士の役割として労使紛争を仲介し解決することなど求めておらず、労使紛争に介入したり仲介をすることを禁止するものである。社会保険労務士は、労働裁判や労働委員会における労働事件の実務を知らないものであり、法律もその権限を認めていない。また、開業社会保険労務士は依頼者である使用者から委任を受けて労働社会保険業務の代行をするのであり使用者側の利益のみを擁護する立場に立つものである。したがって、そのような者が使用者側の利益を代弁する立場で労使紛争に介入することは、法律及び判例法理に基づく公平かつ適正・迅速な労使紛争の解決に資するところはなく、かえって、「労務屋」のような者の割り込み介入によって労使交渉に悪影響を及ぼし、労働争議の先鋭化ないし複雑化を招く結果となる。このことは、我が国の労働組合法がその基本的理念とする適正かつ円滑な労使自治による労使紛争の解決を図るという趣旨をも侵害することになりかねない。社会保険労務士の労使紛争への介入は全く不要であり、その弊害の方が大きい。
【当会の見解】
これについては、真っ向から反対の姿勢を表明する。そもそも、厳格なる国家資格を有する社会保険労務士に対し、『「労務屋」のような者』との表現は、適切さを著しく欠いており誠に遺憾である。これは侮蔑以外の何物でもなく、いわれなき中傷である。
それはさておき、上記の主張は、社会保険労務士法が制定された昭和43年当時言われた同法23条の制定理由とされた部分と重なる。
同条の制定理由には、大きく以下の4点が考えられる。
A 事件を拡大させ、解決のための手数料を稼ごうとする「事件屋」の活動を抑止するため
B 法律により付与された国家資格であり、公の信用を背景に業務を行う立場にある者であるから、それが介入することはその公平性を疑わしめるため
C 社会保険労務士は訴訟等法律事務に関する技術が未熟であり、依頼者が満足する結果を導けない恐れがあるため
D 社会保険労務士の介入がかえって争議の深刻化・複雑化をもたらすおそれがあるため
以下それぞれにつき、法制定より30年以上を経た今日的見地から、反論を加えるものである。
Aについて
現在は労務管理の重要性が広く認識されており、社会保険労務士が労務管理の責任を最後まで負わなければ、顧問先事業主を二階に上げておきながらはしごを外すようなもので、かえって公益性を害することになる。
社会保険労務士が労使いずれかに対し助言・指導したところで別段公平さを失うものではない。顧問社会保険労務士が顧問先事業主から顧問料をもらっているからといって、一方的な事業主の言い分をそっくり容れるものではない。それが不合理なものであれば是正する方向に持っていくのが、開業であれ勤務であれ、社会保険労務士の役目である。
例えば、仮に事業主が極端な低賃金で労働者を酷使できるような規定を作りたいと顧問社会保険労務士に相談したとしよう。それが、労働基準法、最低賃金法等法令に抵触しないものであれば、当然顧問社会保険労務士は事業主の意を受けてそのとおりにするものだろうか?いかに昨今の失業率が高く、労働者の立場が弱いといっても、労働者に最低限必要なインセンティブを与えなければ生産性が上がろうはずもない。そうなった場合、一番困るのは事業主である。こうした事態を避けるため、また運悪く紛争に発展した場合に、最適なアドバイスをできるはずの顧問社会保険労務士が関与できないとなると、労使ともに不幸に陥ることになろう。
重ねて言うが、社会保険労務士が職責遂行の為、労使のいずれかに対し指導助言しところで、別段、公正さを失うものではない。それは弁護士がいずれかの立場にたって、紛争の自主的な解決にあたるのと同じである。この件につき、社会保険労務士だけが公平さを失うものではない。
Bについて
社会保険労務士が、使用者の依頼を受けて労務管理につき指導・助言を行うのは当然の守備範囲である。この際社会保険労務士は何も使用者のみの利益を優先させて労働者の利益を侵害しているわけではない。このようなことをして目先の利益のみを追求すれば、結局は事業の健全な運営を阻害してしまうことを社会保険労務士はもちろん、最近の使用者はよく理解している。使用者の希望をかなえることで、最終的には職場全体の利益を追求する社会保険労務士が争議の仲介に当たったところで、いずれかの利益が損なわれるということはあり得ない。
また、労働者としても、不当解雇などをされても救済を求める先を知らないがために、誤って一部の適切でない労働組合にすがりつき、結局泥沼にはまり込んでしまうという恐れもある。
近年、労使ともに「職場のルール」を知らないために紛争に発展するケースが多いということである。つまり、紛争解決に欠かすことのできない法知識を持たない当事者だけで解決を図ろうとするのは無理な話なのである。特に中小企業は資金力及び経験に乏しく、また家族的な労使間であるため、それゆえに様々な紛争解決機関が存在するなかでも、やはり最適なのは身近な労働問題の専門家である社会保険労務士なのである。
なお、平成10年4月1日に開かれた代142回衆議院労働委員会の場でも、社会保険労務士法第23条の弊害について議論されており、森英委員は、「同条の存在はあまりに厳格過ぎ、また今日的状況にそぐわない」と指摘。加えて、「社会保険労務士法制定時と労働事情、労使関係の状況が大きく変化し、社会保険務労務士制度に対する社会的信頼が高まっている。争議行為が生じた場合に、社会保険労務士が企業の労働条件の改善などに向けての継続的な努力を中断せざるを得ないというのでは、かえって問題の円満な解決を遅延する恐れがあると考えられる。」と発言。
この議論は、労働問題に係る国民からの、社会保険労務士関与の要請と理解している。
Cについて
確かに社会保険労務士は訴訟代理権を持っていないため、訴訟技術は弁護士に比べて未熟であろう。しかしながら、このことと労使紛争の解決にあたることとは別問題である。紛争解決の前提となる労働関係諸法令に精通しているか否かについては、明らかに社会保険労務士に分がある。なぜなら弁護士は法律のゼネラリストであるのに対し、社会保険労務士は労働関係諸法令のスペシャリストだからだ。
また、優秀とされる弁護士ほど、ややもすると訴訟技術に目を奪われて、「依頼者の勝ち」だけを考えてしまうことになる。一時的に裁判で勝ったからといって本当に労使紛争が解決されるわけではない。事業活動を継続して行う限り、後々の影響まで考慮した紛争の本質に迫る解決が求められるので、この点からも労働問題のスペシャリストたる社会保険労務士を活用することが望ましいのである。
Dについて
第三者の介入は紛争を激化するおそれもあるが、それは何も社会保険労務士の場合に限ったことではない。一部の不条理な労働組合介入による弊害を考えると、社会保険労務士の節度ある助言は望ましいものである。
ところで、この労働争議に対する不介入条項は、開業している社会保険労務士のみに、適用を限定している。その解釈につき、社会保険労務士法第23条の関連通達(昭和43年12月9日 庁保発第23号)を記す。
第22 労働争議に対する不介入(法第23条関係)
1 労働争議に対する不介入については、法第2条第1項第3号と本条の二か所において規定しているが、前者は、社会保険労務士の名称を用いて行なうことができる事務の範囲を規定したものであり、本条は、開業している社会保険労務士について、その名称を用いると否とにかかわらず労働争議に介入することを禁止したものであること。
したがって、本条は、社会保険労務士業を行なう社会保険労務士のみについて規定したものであり、事業に労働者として雇用されている者で社会保険労務士の免許を持っているだけで開業していない者には適用されないこと。(傍点は筆者が付す。)
ここで考えなければならないことは、開業社会保険労務士は例外なく介入を禁止されている労働争議に、勤務社会保険労務士はその者が雇用される先の事業場で発生した労働争議には関与できるとした、社会保険労務士法第23条の趣旨である。
先に挙げた4つの排除理由のうち、開業社会保険労務士に該当して勤務社会保険労務士に該当しないものは、「A 事件を拡大させ、解決のための手数料を稼ごうとする「事件屋」の活動を抑止するため」のみである。
そうであるならば開業社会保険労務士も、こと顧問先の事業場における労働争議であれば、つまり「顧問先事業主と開業(顧問)社会保険労務士」との関係は、「使用者(事業主)と勤務社会保険労務士」の関係と同列に論じられるはずだ。社会保険労務士制度発足前には、従業員の事務分掌であった社会保険労務士業務のうち、労働社会保険諸法令の複雑化、社会構造の多様化により対応できなくなった事業所が、アウトソーシングの形で社会保険労務士と顧問契約をし、当該事務処理を代行させているのである。給料を受け、企業内の社会保険労務士業務を行う勤務社会保険労務士と、顧問料を受け、顧問先の社会保険労務士業務を行う開業(顧問)社会保険労務士と、どこに差があるというのか。
一部に、勤務社労士と開業社労士の、使用従属関係の有無を指摘する向きがあるかもしれない。しかしながら、仮に開業社労士が顧問先とする事業所の事件を拡大させ、事件屋まがいの対処をしたならば、当該顧問先事業所とのこれまで培ってきた信頼関係は破綻に瀕する。また継続的な顧問契約を失う危険を犯してまで、自己の利益のために事件を拡大することは、他の顧問先への信用問題にも発展する恐れがある。顧問先事業所の健全な労使関係育成を使命とする開業社労士は、この部分につきよく心得ている。すくなくとも事件を拡大させ、解決のための手数料を稼ごうとする「事件屋」とは一線を隔すべきだ。
以上の理由により「社会保険労務士の労使紛争への介入は全く不要であり、その弊害の方が大きい。」はまったく現実を無視した、見識はずれの発言である。
(6) 民法第108条双方代理禁止規定について
【労働弁護団の主張】
さらに、社会保険労務士に団体交渉及び労働事件への介入・交渉権限を認めることは、労働事件において弁護士業務を行う権限を認めることに等しく、非弁護士の法律事務の取扱等を禁止する弁護士法72条に抵触することになる。そればかりでなく、社会保険労務士は使用者のみならず労働者からも相談を受ける場合があり、例えば解雇問題について当該労働者から相談を受けた社会保険労務士が使用者と労働者の間を仲介すると称して介入することは、当事者双方の代理人となること(双方代理)を禁止する民法108条にも抵触するおそれがある。
【当会の見解】
まず、弁護士法第72条の今日的解釈については前述のとおりである。同条の歴史的役割は既に終わっており、むしろこの条文の存在により、国民への良質な法的サービスを提供する手段を阻害する実態がある。前述した、「弁護士法第72条と現状とのギャップ」はそのまま「社会保険労務士法第23条と現状とのギャップ」についても該当する事柄なので、項目を再掲げしておく。
一 弁護士の数不足の問題
二 高額な弁護士報酬の問題
三 訴額が低くなると本人訴訟が多くなる実態
四 専門性の分化
五 弁護士が引き起こす不祥事の実態
次に、双方代理禁止規定である民法第108条に抵触するか否かの点である。おそらく労働弁護団は、弁護士法第25条の定めにより、弁護士は双方代理するおそれはないが、社会保険労務士法には同条と同様な規定が存さないゆえ、労使双方の当事者を代理し、民法第108条違反を犯す危険性を指摘するものと推察する。
【民法第108条】
何人ト雖モ同一ノ法律行為ニ付キ其相手方ノ代理人ト為リ又ハ当事者双方ノ代理人ト為ルコトヲ得ス
但債務ノ履行ニ付テハ此限ニ在ラス
【弁護士法第25条】
弁護士は、左に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。
但し、第3号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
1. 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件。
2. 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基くと認められるもの。
3. 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件。
4. 公務員として職務上取り扱つた事件。
5. 仲裁手続により仲裁人として取り扱つた事件。
しかし社会保険労務士法は、憲法を頂点としたピラミッド法体系にあっては、民法を一般法とした特別法に位置する。したがって特別法に規定されていない事案については、その根拠を一般法に求める。すなわち、現行社会保険労務士法に定めがなくとも、当然民法第108条の存在を念頭に置き、社会保険労務士は業をすることとなるわけである。
よって「社会保険労務士に団体交渉及び労働事件への介入・交渉権限を認めること」を、双方代理を行う危険性に結びつけることは極めて短絡的な見解であり、社会保険労務士が法的無知であるかごとくを、まことしやかに吹聴せしめる作為的な見解であるといわざるを得ない。
(7)労働事件から社会保険労務士を除外することの社会的損失
【労働弁護団の主張】
現在我が国では増加する個別労使紛争を解決するために様々な工夫がなされている。例えば、労使紛争解決制度として新たに厚生労働省の都道府県労働局長による指導・助言制度や紛争調整委員会によるあっせん(男女雇用機会均等法に係わる紛争については調停)制度が発足したばかりである。また、各都道府県労働委員会においても個別労使紛争に係るあっせんや調停の実施が試みられているところである。さらに、弁護士会の法律相談においても労働事件に関する相談窓口の充実化を図っている。
【当会の見解】
平成13年10月1日。「個別労働関係紛争解決促進法」が施行された。体系的な枠組を整備し、労働者の選択肢を増やすなど、一定の評価はされているもののいくつかの課題は残された。その最たるものが、労使間のホームドクターとしての役割を担う社会保険労務士がいずれにも活用されていないことである。日頃から現場の生の声を聞き、事業場に足繁く通い、関係調整に指導・助言を与えている予防医学も得意とする街医者でも、ひとたび労使が紛争という疾患にかかると、その症状如何にかかわらず関与する術を持たない。こうした社会保険労務士を適材適所で活用できないことは、社会的損失であるといえよう。
事業活動を継続して行う限り、後々の影響まで考慮した紛争の本質に迫る解決が求められるので、「餅は餅屋」であり、労働問題のスペシャリストたる社会保険労務士を活用することが望ましいのである。社会保険労務士を排除する理由は見つからない。
【労働弁護団の主張】
労働事件はこれらの公正・中立的な機関による解決ないし裁判による解決に委ねられるべきものであるから、社会保険労務士の労働事件への介入は不要でありその弊害の方が著しいので、認められるべきではない。
【当会の見解】
社会保険労務士が公正中立でないとする、この主張についても容認するわけにいかない。社会保険労務士法第1条の2には、社会保険労務士の職責が次のように規定されている。
「社会保険労務士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない。」
ここでいう、「公正な立場」とは、法と正義に基づいて真実を追究する姿勢のことを指すのであり、紛争当事者の片側に立つこと自体、これと矛盾するものではない。労働社会保険諸法令に精通した社会保険労務士が双方の自主的解決に助力することは、事業の健全な発展を助長するものであり、公正中立そのものである。
4 誰のための法律か (まとめ)
弁護士法第72条と社会保険労務士法第23条の存在は、歴史的役割が終わっているにもかかわらず、その見直しが先送りされている現状は、むしろ国民の利便性を犠牲にして弁護士の既得権を保護する形になっている。
社会が複雑高度化して個人の権利衝突の要因が増加してきたことに加え、権利意識の高まりなどから、現在では法制定時とは比べものにならないほど一般国民が多くの訴訟を起こすようになってきた。無論、生涯を通じて訴訟とは無縁の人も多く、あくまで比較の問題ではあるがこのような状況のもとで現在の弁護士不足は深刻な問題である。国民が法律事件の代理を誰かに依頼したいと考えても、なかなか事件にあった適任者を見つけることは容易ではない。
この原因には、弁護士の数が絶対的に不足していることのほか、多くの弁護士が紹介のない一見さんの依頼は受けないといった習慣や、少額の訴訟依頼は報酬も低いので受けたがらないなど前述した様々なことが挙げられるが、要は同規定の規制を取り払って、法律事件の代理を引きうける人間を増やすだけでも国民の利便性は飛躍的に向上するだろう。現代は、規制改革が進む社会である。
これまでの状況は、弁護士が自らの職域を守らんがために他士業の法律事務の関与を頑なに反対し続けてきたことから発生したのだといっても過言ではない。弁護士の既得権を守るために国民の利便性を犠牲にしてよいという道理はなく、また国民の需要に十分応える義務を果たせないのであれば、権利も返上するのが筋である。
また、急速に変化を続ける社会や時代にそぐわない過去の遺物と化した法律は、早急に改廃すべきである。その時期を逸したために不利益を被るのは、他でもない国民であることに法律家は十分配慮すべきである。
平成14年1月14日、日本経済新聞の社説には「司法改革に不退転の決意と態勢」と題して掲載されていた。その内容で注視すべきは
「【前略】半世紀以上にわたって手付かずであった分野に改革の斧(おの)を入れるだけに、既存の制度に安住してきた勢力の激しい抵抗が予想される。「審議会意見書を最大限尊重する」との昨年6月の閣議決定に基づき、政府は不退転の決意と万全の姿勢で臨む必要がある。まず求められるのは、透明性の確保である。審議会意見書が広く国民に受け入れられたのは、審議会が公開され、国民の反応を見ながら進めたからである。司法制度改革推進法案を審議した衆参両院の法務委員会も顧問会議、検討会の公開を求める附帯決議を行った。既存勢力による水面下で