士業の規制緩和について

東京会河野順一

今年を振り返って

  今年は、二一世紀に向けて明るい展望が語られても良いはずの年であったのに、ペルーの大使館の人質事件はもうとっくに忘れられたが、政治では行政改革が声高に論じられるだけで一向に進展せず、金融界では、証券その他の大企業の総会屋との不祥事が続いたり、ビックバンの到来近しということで危機感に満ちていた年であり、一方高齢化社会の急速な到来は国民の負担をいよいよ重くし、それに景気の停滞が加わり、世の中の行方を非常に不透明なものにした年であった。更に、凶悪な犯罪の増加と低年齢化が、将来の社会と国民の安全に対して不安を助長した年でもあった。

 一方、わが社労士業界はどうかというと、行政書士会が行政改革委員会で規制緩和の対象とされたということで大騒ぎをしているのを、対岸の火事を見るように、ただ見ているだけで、その規制緩和の波が我々社労士業界にも押し寄せてくるかも知れないという兆候がそこに見えているのに、自らの改革にも取り組まず、何の行動も起こしていないのは如何なものであろうか。

さて、これからの我々士業の環境は規制緩和の影響でどう変わるのか

 ここで、来年の予想される問題として、我々″土業″といわれる業界に対して行政改革による規制緩和の論議はどうなっているかについて考察し、その改革の波は我々社労士業界にも波及した場合にどうなるか、敢えてここに問題を提起してみたいと思う。

 規制緩和ということは、一つは自由な価格競争の原理を導入して経済を活性化することであり、もう一つは、例えばその″士業″に参入することが法律等で規制されている場合、その規制を緩和して垣根を取り払い、他士業からの参入することを自由にするということである。

 他からの参入を規制する理由として、一つは電力業界のように、ある程度の独占が安定供給やサービスに必要であると認められるものであるケース。次に酒やタバコの小売店などのように弱者であるが故に、過当競争を防止するために参入を規制する場合。三番目には、我々の士業のようにその業務の性質から一定の能力や信用が要求され、資格や免許が必要とされる場合である。

 ところで、他からの参入や価格を規制するやりかたには、いろいろとあって、一般には免許とか許可を得ないとできないとする方法であるが、その次に規制として資格制度によるものがある。この資格取得を厳しくすることにより、例えば弁護士のように難しい司法試験に合格する必要があり、更にその上に弁護士法七二条で弁護士以外の者は弁護士の仕事をしてはならないとしてこれを保護している。

 これは他の土業である公認会計士、司法書士、税理士、行政書士、社会保険労務土等についても大体似たようなことが言える。

行政書士会に規制緩和の嵐

 今年六月に行政改革委員会の規制緩和小委員会が公表した論点公開の中で、官庁に提出する書類作成について「行政書土業務独占規定の見直し」についての論議が行なわれた。その中で、規制緩和推進委員の中には、さらに加えるに司法書士、税理士等類似の職種についても、その業務独占規定は必要に応じて見直すべきであるという意見が盛り込まれ、これに対して、日税連などは猛反発しているということである。

 さて行政書士会は目下、大変な危機感をもってその対応を検討しているのであるが、改めて行政書士の仕事の重要性と、廃止した後の混乱について声高く主張している。その云うところは、国民の権利、義務、財産、プライバシーに関する重要な書類や情報を、何の制約もなく国民の自己責任において任意の代理人に委ねることは、大きな危険があるという。つまり、営利追及のみを目的とする企業や団体、個人が、法律知識に疎い国民を食い物にする危険があるとして、現在、多様化、国際化しつつある社会では少なくとも行政書士に書類作成を依頼することが、信頼と安心できることであるということをもっと周知徹底しなくてはならないとしている。

 更に、ここで注目すべきことは、もし行政書士制度を改革して、規制緩和するのであるならば、他の士業の改革と連動して実施すべきと主張していることである。つまり、いっそのこと、すべての職域の垣根を全部取り払って、受託した事業に関連する法律事務手続や、顧問となった会社や個人については、行政書士であろうと、司法書土であろうと、他の士業であろうと、どの官庁にでも書類作成、提出業務が行なうことができるよう、思い切った改革が必要ではないかとの意見もでている。つまり、行政書士だけが規制緩和の対象にされることを批判して、それならば他士業まで道連れにする、といったやや極端な論議も展開されたりしているようである。

 それでは、自治省では行政書士の規制緩和について、どのように考えているのか。

  1. 行政書士法では行政書士に業務独占をさせる代わりに、守秘義務その他の必要な規制を加えていて、一般市民の保護をはかり、官公署の執務能率の向上を図ることを目的としている。
  2. 規制緩和を行なった場合、悪質な業者の参入によって依頼者のプライバシーの侵害が懸念される。事前予防の観点から十分な規制が必要。
  3. 国民にとって反復、継続性のある書類を作成するという機会は少なく、一回限りの書類が多いため、書類の簡素化が進んでも国民にとって一定の負担は残り、行政の多様化、複雑化、また書類作成の多様化に伴い行政書士の重要性は大きくなる。
  4. 官公署に提出する書類は本人提出を認めている。依頼により報酬を得て書類を作成する場合は、不特定多数の者を相手にするので、基本的人権の尊重、プライバシーの保護に配慮する必要がある。したがって守秘義務を課し、義務違反、不正行為については刑罰を設けることにより、業務の適正を確保する必要があるので、その義務の見返りとして業務独占が認められている。
  5. 仮りに業務独占を廃止すれば、自由市場が形成され、経済活動がこの分野において活発になるとの指摘があるが、行政書士の営業形態は、本人一人か、一〜二名程度の補助者を有する程度で、業務独占を廃止しても新たな市場形成が促進される可能性は高くはない。
  6. 一般に行政書士は極めて零細であり、規制緩和により一定収入が失われることになり、生活権が侵害されるおそれのある者が少なくない。退職公務員でも行政書士として活動することにより、一定の所得を得て生活しているものもおり、退職後の職の確保につながっている面も否定できない。
  7. 従来から軋轢のあった自動車業界の自動車登録、車庫証明等の事務について、自動車業界がユーザーに代わって行ない、それに伴う経済的な利益を業界が独占するという「業界独占」があるが、自動車登録等の一連の手続を見ると、割賦販売以外の場合であっても、本来交付すべき「完成車検証」がユーザーに交付されていない場合がある等、その実態からみて、環状では国民の利益に直結する面は少ないのではないかと思われる。今回の自動車業界からの業務准占の廃止の要請は、その本質において、規制緩和というよりも、業界間の対立の結果であるという側面が強いのではないか。
 以上が自治省が行政書士の立場に立って規制緩和に反論を試みたものである。

弁護士の業務独占の規制緩和についてどう考えられているのか

 行政改革委員会は法曹分野の規制緩和についても採り上げている。日本の法曹人口の極端な少なさは、資格試験であるべき司法試験が合格者数をしぼっているという意味で、参入親制である。

 もし規制緩和が行なわれるならば、自由な活動を保証された者の間の紛争を処理するのは、従来のように監督官庁や業界団体ではなく、司法がその役割を担うべきで、改革委員会では、規制の緩和した後に大幅な法曹人口の増員を提言している。

 さらに同委員会は弁護士法七二条の独占規制にも触れ、司法書士などの隣接職優による法律業務の役割分担についても提言している。

 現在、裁判所での訴訟では、本人訴訟といって弁護士がつかず、本人が行なうケースが相当多いのが実状であるといわれている。このことは弁護士の数が少ないということもあるが、弁護士自身が報酬の少ない訴訟を引き受けたがらないということにも原因があるとされている。しかし、そのような際にも法律の素人である一般人が法廷に提出するための、いろいろな書面を作ることにはムリがあり、その弁護士の仕事の穴を埋められるものとして司法書士が登場してきているのである。

  現在、司法書士は裁判所に提出する書類を作成することはできるが、法廷での訴訟代理人にはなれないとされている。法律判断にまで踏み込むと、弁護士が業務独占している法律相談に当るから、弁護士法違反となるのである。

 しかし、実態は本人訴訟の多くのケースでは、司法書士が法律相談に預かっており、この場合司法書士の受け取る報酬が法律相談料らしきものを含まずに、一枚いくらと定められた書類作成料の範囲なら、弁護士法の違反にはならないのである。

 現実に、弁護士法七二条が空洞化していて、且つ弁護士人口の圧倒的な少なさが問題になっているならば、行政改革委員会が法律事務の弁護士独占の見直しを迫ったのもうなずけるものがある。平成七年一二月一四日の「行政改革委員会」で公表された意見では、法曹人口の増員が不可欠であるとして、そのため「弁護士による法律事務の独占を廃止して類似の職種による部分参入も認めるべきである」と述べている。ここでいう「類似の職種」には、当然司法書士が含まれると考えられるが、さらに広く考えれば弁理士、税理士、社労土、行政書士などもこの範疇に入るのではないか。他方、現在の弁護士業界には″海外の弁護士の日本での活動受入れ”という外圧があることも忘れてはなるまい。

司法書士業界は安泰なのか

 現在行政改革の対象として省庁の再編成が検討されているが、その統廃合をすすめている部門に登記、供託業務等を取扱う法務局やその出張所などがある。計画では一○年間で全国に約千ヶ所もある登記所を半分に減らすということである。それと同時に登記簿のコンピュータ化がすすめられている。このことは、将来登記所に行かなくても市町村役場などでオンライン化された端末機で登記簿の閲覧ができることになる。

 現在登記所の周りには司法書士の事務所が建ち並び、登記所と一体なのがよく分かる。これが廃止となると現在の事務所を移転しなくてはならなくなり、全体の仕事量は変わらなくても、司法書士同士の競争が激しくなることは目に見えている。

  一方昔から登記業務は司法書士の独占業務であり、弁護士などからは手を出さないものと考えられてきたが、平成六年五月に「登記業務は司法書士会に入会しなくとも弁護士は登記業務が行なえる」という判決が出された。これは司法書士業界にとっては大きな影響を与えるものであり、加えるに、弁護士は規制緩和によって人員が増加するから、いよいよ業際の司法書士の分野である登記業務に進出してくることも考えられ、他士業からの規制緩和から大きな影響を受けることになろう。

ほんとうに垣根のない世の中はくるのか

 業務を独占している現在の各業界は、今まで述べたような規制緩和をして自分の権益を侵犯しようとする者に対しては徹底的に反対し、抵抗するのが現実の姿である。特に他士業と業際で争ってきた士業界は、この時に権益を得、或いは護ろうとして、各々自分の都合のよい論理を展開している。しかし、士業による業務独占は、士業と非士業との間だけでなく、士業相互の関係でも従来から摩擦を起こしがちな関係を続けてきた。例えば、会社設立などの一連の業務を依頼された行政書士は、その手続の一環である設立登記だけは、司法書士に頼まないと、行政書士は司法書士法違反で訴えられるということになるのである。このような摩擦は、士業相互間で多く発生しているのである。

 世の中に、垣根に守られて、業務を独占しているものは九七業種にも及んでいることから見れば、業際で領域侵犯の問題が起こるのは当たり前のことである。そしてその都度、己の守備範囲を主張して訴訟による争いを繰り広げているのが多くの士業の実態である。

 しかし、このような士業のもつ閉鎖性は、当の士業を保護するためであるが、その保護によって士業が自助努力を忘れ、ひよわな存在となり、結局は利用者の利益のためにならないのではなかろうか、ということが懸念されるのである。世の中は、単に我々士業界ばかりでなく、大きくは国内、国際間を問わず、金融界や保険業界、証券業界などもその垣根を取り払って相互に参入しようとしている時代に突入してきている。

 垣根を作って他からの参入を防ぎ、じっとして競争を回避し、現状だけを維持しようとしているものは、いずれ容赦なくこの激しい競争社会から追放される日がくるものと思わなければならない。我々の士業界にも今、正にビックバンが起ころうとしているのだ。

 加えて、事務のコンピュータ化の進歩のスピードは否応なく我々士業の仕事のやり方にも根本的な改革を追ってきていると思われる。

さて我々社労士業界は

 今現在、俎上にのぼっていないからと云って、我々だけが行政改革の矛先が絶対やってこないとは誰も断言できず、何時、規制緩和、独占廃止の洗礼を受けることになるかも知れない。厚生、労働両省の官庁自体が改革から逃れることは難しい状況に立たされているのに我々社労士業界だけは安泰と云えるのだろうか。ましてや今現在、行政書士業界が規制緩和の対象として論議されているのに、社労士は特別で、埒外である、という訳にはいかないと考えて、日頃から心構えをしておくのが望ましいのではなかろうか。

 しかし今は社労士業界が規制緩和の対象外であった上しても、ここで社労士自体が、社労士法を無視したりして、違反行為を繰り返しているようなことがあれば、業際の仕事の多い我々の業界としては、先に弁護士の規制緩和のところでも述べたように、類似職種ということで弁護士、司法書土、弁理士、税理士、行政書土と一緒に社労士も同じ範疇に入るものとして論じられているのであり、何時規制緩和の対象とされるかもわからないと思われる。

 それ故、どのような事態に立ち至っても、我々は人事・労働問題のスペシャリストとして、専門能力をしっかりと養っておけば何も怖れることはないのである。事業主にとって信頼性の高い社労士であれば、例え規制が緩和されて、他士業から参入してくる事態になっても必ず生き残っていけると思う。

生き残る社労士とはどんな社労士であればよいのか

 ここで我々が日頃仕事を通して、事業主から好ましいと思われる社労士像はどんなものであるのか、普段の姿から考えてみたいのであるが、皆さんも反省を込めてこれからの目標としてチェックしてみては如何。

  1. 依頼された事項については対応が早く、正確であり、且つ事業主の利益を忘れないこと
  2. 官庁からの出頭や立会いの要請などがあった場合、事業主の代理人として頼れる社労士であること
  3. 給付金、助成金などの申請、給付に間違いのないこと
  4. 何時も研修会等には出席し、常に最新の知識と情報を提供してくれること
  5. 労働組合との紛争や労働争議になる前に、対応について常によきアドバイスができること
  6. 社員の教育や経営の相談にも参加することができること
  7. 被災労働者のために審査請求などを含めて本当に役に立つ力をもつこと
  8. 人間として魅力のあること
 まだその他に各人それぞれお考えの好ましい社労士像があると思うが、お正月休みにゆっくり考えてみて、思い付いた好ましい社労士像を是非ご教示頂きたい。

おわりに

 天は自ら助けるものを助ける、自分で汗を流さないものは天も助けてはくれない。来年も大いに汗を流して一緒に頑張りましょう。

 来年は冬季長野オリンピックも開かれ、また日本サッカーチームのワールドカップ出場もあることでもあり、皆さんにとっては、もうすぐ二一世紀を迎える、希望に満ちた、明るく素晴らしい年であることを、またご家族ご一同様のご健康とご多幸を心より願って筆をおきます。