政改革推進本部規制改革委員会
会長 宮内義彦 殿

全国青年社会保険労務士連絡協議会会長 河野順一

司法制度における社会保険労務士の役割

 

わが国の近代司法制度が成立して以来、現在にいたるまでに多くの法律が制定され、それに伴い法律業務に携わる者もまた多数現れました。国家が高度に発展するに従い社会もより複雑なものになるのは当然の結果であり、この社会を維持するために我々は様々な法律を必要とするのであります。

 ところが、法律は制定されたものの、現状を見る限りではこれらが必ずしも社会の秩序維持に全面的に機能しているとは言い難いようです。

 法律そのものが社会の実態を反映していない場合もあるのですが、根本的な原因は、その法律の扱い方、つまり司法制度の運用の仕方にあると思われます。

 すなわち、これだけ社会が高度・複雑化してきているにもかかわらず、法律に携わる人間が少ないために社会が必要としているだけの法律が適切に運用されず、司法制度そのものが機能障害を起こしているのです。こうした法曹人口の不足を指摘する声はかねてより聞かれていたところでありますが、この度ようやく司法制度改革委員会が発足し、この点も含めた司法制度のあり方について具体的な論議が行われるようになってきました。

 これに関し、我々社会保険労務士も強い関心を持っております。

 本会における主要テーマの一つに「法曹人口の増加」があげられており、我々社会保険労務士会でも平素から必要性を感じていたものです。

 規制緩和が進むにつれて、司法書士や税理士といったいわゆる各「さむらい業」が持つ業務独占の既得権益は縮小される方向にあります。ですが、このことは、その一方で、従来は制限されていた業務にも各々が進出できるようになったということも意味しているでしょう。

 これは弁護士業務とて例外ではないはずです。現在、弁護士法第72条は弁護士以外の者の法律事務の取扱を禁じています。本条の存在ゆえに、法律家であるはずの社労士や行政書士などが法廷で依頼者の訴訟代理を行うことができないのです。

 しかしながら現在では、本条が制定された当時とは大きく社会情勢が変わっています。すなわち、国民一般の教育水準がそう高くはなかった時代において、特定の者にのみ訴訟代理を認めることは、国民の利益を守るためには必要であったのでしょうが、国民の大半が高等教育を受けるようになった現代においては、本条の歴史的役割はとうに終わっているのであります。

 さらに、わが国の弁護士の数は米国のじつに52分の1しかなく、先進国の中でも極めて少ないという事実があります。もちろんわが国は、訴訟を乱発する米国とは社会的習慣も価値観も異なるため単純な比較をすることはできません。しかし、弁護士の不足(この理由だけではありませんが)が国民の権利擁護に悪影響を及ぽしていることは疑いありません。

 弁護士の数を増やそうという意見もあるようですが、法律家を安易に粗製濫造しては社会に害悪を及ぽすだけであります。

 それならば、独自の法的専門分野を持つ各さむらい業者にその範囲で訴訟代理権など一切の代理行為を認めるべきではないでしょうか。これほど複雑化した社会においては、全ての法律に占める、一人の人間が扱える法律の割合というものはたかが知れています。

 また、国民の権利意識の高まりや景況の先行き不透明感から起こる訴訟件数の増加に対応するためには、訴訟の前段階で紛争を処理するシステムや国民が容易に司法制度にアクセスできる環境が必要で、そのためにも既存の法律家を最大限に有効活用すべきであります。

 司法人口の不足という問題には、裁判官の不足という問題もあるのですが、ここではあくまで社会保険労務士の立場から、法律家の職域と社会保険労務士の司法制度における役割という観点で意見を述べます。

  是非とも貴会において社労士の役割につき検討していただき、我々も国民の利便を図り権利を守ることができるよう司法制度が改善されることを願う次第であります。

第1章 民間法律家の不足

(1)弁護士の独占業務

 現在、1人の弁護士が1ヵ月に抱えている平均の事件数は約50件であるという。その中には当然時間も手間もかかる訴訟事件も含まれている。これでは1件にかけることができる時間はわずかなものでしかないことは容易に想像がつく。かといって、これよりも手持ちの件数を少なくすれば、現状の訴訟事件数のままでは一層司法制度が国民から遠ざかることになってしまう。

 これを回避するために、司法試験の合格枠を広げるとか修習制度を見直すといったことが議論されている。法律家の人数を増やして、増大する国民の需要に応えること自体は結構なのだが、法律家としての資質を備えた人間を増やすのでなければ意味がない。したがって、単に資格要件を緩和して弁護士を増やすという考え方には賛同できない。

 しかも、弁護士は全ての法律について造詣が深いわけではなく、むしろ得意分野は限られているのだ。故に、多少弁護士の数を増やしたところで複雑化した社会の問題解決要請に応えるには絶対的に間に合わない。

 したがって、現在弁護士が独占的に行っている法律事務を各々の法律の専門家に委ねることが最も合理的であると考える。現に、司法書士が簡易裁判所における訴紀代理権を獲得しつつあることを考え合わせると、当該業務の独占を撤廃するという方向性は間違ってはいないだろう。

 これは何も量的な閏虜だけではない。例えば、労働関係諸法令に精通している弁護士は全国でも50人に満たないと聞く。それ故に、特別法である労働基準法の規定に気づかず、何でも一般法である民法の規定に拠って問題を処理する弁護士も少なくない。これでは到底司法制度が十分に活用されているとはいえないだろう。

 具体例をあげると、使用者が労動者を解雇する際には原則として30日以上の解雇予告期間を必要とする他さまざまな要件が必要なのだが、こうした場合であっても労働法に疎い弁護士は民法の契約の一般原則を適用し、2週間前の通告で足りるとしてしまうのである。これはやや極端な例ではあるが、程度の差こそあれこのての話は枚挙にいとまがない。

 やはり、「餅は餅屋」というように、特定の法律についてはその専門家である法律家に委ねるべきである。

 そこで、まず弁護士法第72条の削除が望まれる。これにより、一気に国民の法律相談の相手が増えるうえに、より的確な法律行為を為すことができるようになるのだ。現状のように、国民が裁判を起こしたくてもなかなか起こせないのでは、憲法で保障する「裁判を受ける権利」が尊重されていないことになる。

  また、弁護士は一般市民にとって敷居の高い職業集団である。少額訴訟の依頼が門前払いされたり、主張もろくに開かず、強引に和解を進められたりしたという話もよく耳にする。医事紛争裁判を扱った「白い巨塔」に例えるならば、一般市民は、腕は立つが人情味に欠け、依頼者の身になってくれない「財前五郎」よりも、温かみのある「里見脩二」を必要としているのだ。

(2)訴訟代理権の独占解除

 先の規制改革委員会の中で、司法書士・弁理士・税理士に一定の訴訟代理権を認めようとする考えに対し、次の通りの反対意見が出された。

  1. 弁護士以外の資格については、本来の専門分野を超えた法律知識が必要になったときに対応できない。
  2. 弁護士以外の資格については、訴訟手続・紛争処理実務等に関する試験・研修が担保されていない(司法書士の試験を除く)。
  3. 弁護士以外の資格については、所塘省庁の監督下にあり、弁護士会のような資格者の自治についての制度的担保がない。

 これらにつき以下の通りの私見を述べる。

1.ある事案を処理するにあたり、専門外の法律が必要となった場合に窮することはある意味当然である。全ての法律知識を完全に備えている人間など存在しないのだ。勿論これは弁護士とて例外ではない。
こうした場合であっても、当該事案処理が全く不可能になることはあるまい。場合によっては当該事実処理に必要とされる複数の専門家が関与してもよいだろう。専門外の事実については必要に応じて各資格間で相互に補完し合うなどのシステムを作ればよい。ただし、弁護士以外の資格を持つ者は従来以上に権利義務関係といった複雑な事案を処理する能力を養う必要はある。
 むしろ、特定の事実について専門家に任せるべきところを弁護士が囲い込んでしまう弊害の方が大きいだろう。それぞれの法律は、憲法という共通の原則を持ちながらも、それぞれに固有の立法趣旨を持っている。たまたまある事実について専門とする弁護士が処理するような場合はよいが、法律の多さに比べ弁護士の数が極端に不足している状況では、そうはならない場合が多い。こうした弁護士が専門外の事案を処理するにあたり、特別法が絡む事案まで一般法の原理で処理する危険性は非常に高い。というのも、1人の弁護士が抱える事実は相当数にのぼり、立法趣旨まで総合的に勘案する余裕がないというのが実情だからである。何事も、立法趣旨を正確に理解していなければ、当該法律に係る事案を解決に導くことはできない。

2.この指摘について、現在の状況についてのみ言えばその通りである。それであれば、今後弁護士以外の資格についてもこれと同様に試験・研修制度を整備すればよいことだ。当職自身、現在の社会保険労務士試験の内容については非常に物足りなさを感じているところである。

3.自治についての制度的担保がないという問題にしても、今後それぞれの会のあり方を見なおせばよいだけの話である。ただ、自治を確立するのは望ましいことであるが、国民の権利擁護とは別問題ではなかろうか。むしろ所轄省庁の監督下にあった方が国民は安心して仕事を依頼できるということもある。

その他、弁護士については特有の問題がいくつかある。

 まず、バブル経済の崩壊以降、弁護士の引き起こす不祥事は目に余るものがある。「整理屋」となり、多重債務に苦しむ人を食い物にする弁護士も、今ではとりたてて珍しいものではない。ここ数年来、金絡みの犯罪を犯し、実刑判決を受ける弁護士が急増している。社会正義・人権を標榜する日本弁護士連合会にして実態はこうである。暴力団を除き、毎年これほどの逮捕者を出す組織は他にない。弁護士会の機関紙「自由と正義」には、毎号10ページにもわたって懲戒処分者の発表がある。それだけ自浄能力が高いという見方もできるが、やはりこれだけ不祥事が多いと安心して弁護士に仕事を依頼することはできない。

 さらに、弁護士の報酬は訴訟額によって決まるため、弁護士は少額の訴訟を避ける傾向がある。業務の独占を行うのであれば、当然に業務を遂行する義務も負うべきである。こうした当たり前のことすらできないようでは訴訟代理権を固有業務とすべきでない。

(3)社会保険労務士の訴訟代理権

 このように、従来弁護士の独占業務とされていた訴訟代理につき、他の資格を持つ者にも行わせしめようとする動きがあるわけだが、社会的要請に応えるためにも早期の実現が望まれる。

 今回の議論に社会保険労務士があげられていなかったことは誠に残念である。社会保険労務士の業務自体が未だ世間に認知されていないという事情が大きいのかもしれない。しかしながら、社会保険労務士が法に定められた使命を全うするために必要な「訴訟代理権」と、後述する「労働争議介入権」が与えられていないことに留意していたたきたい。

 では、何故社会保険労務士に訴訟代理権が必要なのか。

 やはり一番大きな理由は、前述した通り、労働・社会保険諸法令に関する問題については専門家である社会保険労務士が最初から最後まで一貫して処理にあたるのが最も迅速・妥当な解決を期待できるということにある。

 さらに、後述の通り、訴訟以前の段階における社会保険労務士の役割が今後増大するのは間違いない。この段階での解決プロセスを訴訟に移った時点で寸断することは、膨大な時間と手間を無駄にすることになりかねない。例えば,事件発生から訴訟に至るまでの経緯を把握している者が訴訟の当事者となれば、事実認定も容易に行われ得るだろう。また、争点も始めから明らかである。

  そもそも社会保険労務士は、事業の健全な発達と労働者等の福祉の向上に資することを目的として創設された資格であり、憲法第25条で親定されている生存権を実現する使命をも有している。また、その業務については社会保険労務士法第2条で定められており、その中の第1項第1号の3では、「労働社会保険話法令に基づく申害青、届出、報告、審査請求、異議申立て、再審査請求その他の事項について、又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関し当該行政機関に対してする主張若しくは陳述について代理すること」とされている.現状では弁護士法第72条の規定によってこの中に訴訟代理が含まれていないとされているのだが、審査請求等の不服申立てに係る代理権にしても、当初は弁護士法同条が存在するという理由で社会保険労務士には明文上付与されていなかったのである。

  しかしながら、不服申立てに係る代理権が社会保険労務士に付与されていないのは不合理であるということから、平成10年法改正によって付与されることとなったのである。昭和53年2月15日に開かれた第84回法務委員会の場でも、司法書士の不服申立て代理権に関して以下のように論議されている。

(香川委員の発言より抜粋)
−−−−登記・供託の代理を頼まれてやった、それが登記所から不適法だということで却下された場合にその依頼者である国民から見ますと、却下されたものについての不服審査が弁護士さんでなければできないのだ、その大事な申請それ自身を依頼した司法事士が不服申立請求ができないのだというのは、常識的に言って極めて奇異な感じが国民からするのであろうと思うのでありまして、また実質的に考えましても、その事件について熟知している司法書士がしかるべき不服申立をかわってやるというのがむしろ素直ではなかろうか。−−−−

 まさしくこうした理由で社会保険労務士にも不服申立てに係る代理権が付与されているのである。したがって、訴訟代理権だけが社労士業務に含まれないとする根拠はないのではなかろうか。

  こうした理由から、社会保険労務士にも労働・社会保険藷法令に係る問題については訴訟代理権が認められるべきなのである。

第2章 社会保険労務士の労働争議介入権

(1)労倒争議不介入条項

  社会保険労務士の業務は社会保険労務士法第2条で規定されている。

 これによると、労働社会保険諸法令に基づく書類・帳簿作成、事務代理、相談・指導業務を行うことができるとされているのであるが、同条第1項第3号及び第23条で「労働争議の介入禁止」がうたわれている。

 「労働争議の介入」とは、昭和43年及び平成11年の労働省通達により、「労働関係の当事者間において、労働関係に関する主張が一致しないで、そのために争議行為が発生している状態又は発生するおそれがある状態において、第三者が労働争議に影響を与えるおそれのあるような関与をなすことをいうものであり、具体的には、当事者の一方の行う争議行為の対策の検討,決定等に参与すること、当事者の一方を代表して相手方との折衝にあたること、当事者の間にたって交渉の妥結のためにあっせん等の関与をなすこと等」とされている。

(2)労働争議に関与する必要性

 社労士が指導した労務管理事項について紛争又ば労働争議が発生した場合に、当該社労士が事業主の委任を受けて、当事者となって交渉にあたること等は「労働争議に介入する」ことにあたるとされている。しかしながらこの考え方はすこぶる疑問に感じる。

 例えば、争議行為の発生した事業場と何ら縁もゆかりもない社労士が関与するような場合、または、実力行使に訴えることの対策に加わったり、あるいは当事者の一方の利益追求のみを目的として代理する場合などは不当な介入といえよう。

 だが、特定の事業場(顧問先)で継続的に労使関係の問題に関与している場合、途中から労働争議等に発展したとしても、このような場合には労働争議に「介入する」ことになると狭く解釈すべきではない。労使の自主的解決を導くために交渉の場に立ち会ったりあるいは助言をすることは、「労働に関する事項について相談に応じ又は指導する」と社労士の業務を規程した社労士法第2条第1項第3号を根拠として行い得るのである。

 労使双方が実力行使に訴えて強行的な解決を図ろうと意図する場合はともかく、実力行使に出る一方で平和的解決をも模索するような場合、これを支援する者の存在は労使双方にとってありがたいものである。

 また、日頃から労使の問題を知り尽くしている社労士をこの場から排除することは、これまでの交渉を宙に浮かせることになりかねず、労使双方の利益に合致しないのはいうまでもない。また、そうなると社労士は労使問題を極力避けるようになる。

  これでは、事業の健全な育成と労働者の福祉の向上を目的とする社労士法の精神に反すると言わねばなるまい。

  平成10年4月1日に開かれた第142回衆蔑院労働委員会の場でも、以下のような議論がなされている。

(森英委員の発言より抜粋)
−−−一社会保険労務士法第23条が定める労働争議への介入禁止につきましては、およそ開業している社会保険労務士としての身分を有する者であれば、業務外に行う場合も含めて、労働争議に一切介入してはならないとするものでありまして、これは余りに厳格過ぎ、また今日的な状況にそぐわないという見方もできると思います。

  すなわち、第一には、社会保険労務士法の制定時においては、当時の労働事情などからこのような原則が定められることはやむを得ないものがあったけれども、その後、労使関係の状況も変化しているのではないか、また社会保険労務士制度に対する社会的信頼も高まっているのではないかということを考えます。

  第二に、争議行為が生じた場合に、社会保険労務士が企業の労働条件の改善などに向けての継続的な努力を中断せぎるを得ないというのでは、かえって問題の円満な解決を遅延させるおそれがあるのではないかということも考えられます。−−−−

 結局本件については引き続き討議を重ねるということになったが、もはや国民の利益のためには社会保険労務士が不必要な規制に縛られていてはならないことは明らかとされている。

 こうした理由から、社会保険労務士が労働争議に関与することは社会的要請といえるので、労働争議不介入条項(社会保険労務士法第23条)は早急に撤廃されるべきである。
 

第3章 社会保険労務士に求められる紛争処理
(1)個別的労使紛争の増加

 依然厳しい景況感を反映し、中小企業を中心に、また大企業においてもなお雇用過剰感が続いている。

 「労使協調」、「終身雇用制」、「年功序列制」というのが従来の日本的雇用形態の特徴であったのだが、バブル景気崩壊以後長引く不況の下、急速にこうした雇用慣行が崩れてきている。

 具体的には、労働組合組織率の低下、労働力の流動化及びリストラによる終身雇用制の崩壊、派遣、パート、臨時社員等の活用をはじめとする雇用形態の多様化といったような事象が現れてきているのである。

 企業単位の労働組合が発達している我が国においては、これまで労使間の紛争というと主に労働組合対事業主という構図が大半であった。そのため、紛争処理機関も集団的紛争を前提とした労働委員会が大きな役割を果たしてきたのである。その一方で、個別的紛争を処理するための機関は未整備であった。しかしながら、昨今では、労働組合の組織率が低下していることに加え、個々の労働者の権利意織の高まり、労働条件の複雑・多様化といった要因から、個別的紛争が増加してきているのである。

 その結果、労働組合の存在を前提とした集団的紛争処理中心の現行のシステムでは、現在の労使紛争を処理するために必ずしも十分であるとは言い難くなってしまった。

 すなわち、近年においては、個別的な労働者の苦情・紛争が増加しているため、個別的紛争処理の必要性が高くなってきたのである。

 こうした個別的紛争の内容としては、リストラ等による解雇あるいは賃金・退職金の不払いから、労働力流動化に伴う契約内容の認識相違による細かい争いまで様々である。こうした個別的な問題であっても、事業場に労働組合がない個々の労働者は、地域の労働組合等に個人加入し、集団的紛争の形をとって労働委員会に持ちこみ、解決を図るというようなことがある。集団的紛争処理システム中心の現在では、一面やむをえない部分もあるのだが、本来こうした紛争は個別的紛争処理機関において解決されるべき問題である。裏を返せば、こうした事実が、個別的紛争処理機関が未熟である(あるいは充実していない)ことを物語っている。

 もちろん、その一方でこれらの紛争が労政主管事務所等の行政機関に持ちこまれる例も増えている。今後の高齢少子・成熟社会への移行やグローバルスタンダードの導入を考慮すると、このような個別的労使紛争は増加する傾向にあるといえる。

 また、苦情・紛争内容そのものも従来とは異なる新しい形となったり、複雑化することも予測される。

(2)紛争処理のあり方

 まず、このような紛争が発生することを未然に防止するために、社会保険労務士が事業主に対して適切な労務管理のアドバイスを行う必要がある。これにも関わらず紛争が発生した場合、以下の紛争処理機関に解決を委ねることが考えられる。

  1. 裁判所
  2. 労働委員会
  3. 労働基準監督署
  4. 女性少年室
  5. 労政主管事務所
  6. 都道府県労働基準局長
  7. 弁護士会仲裁センター
  8. 企業内紛争解決機関

しかしながら、以下の理由で、これらのいずれも真に有効な紛争処理機関であるとは言いがたい。

  1. 時間・費用がかかりすぎる
  2. 原則として個別的紛争は取り扱わない
  3. 原則として法違反があったときのみ有効な解決を図る
  4. 関与できる紛争が極限られていて効率が悪い
  5. 調整のための法的な権限がない
  6. 労働争義等関与できないものがある
  7. 前述の通り労務問題には弁護士は不適当である
  8. これを有する企業は現在のところ少数である

紛争処理方法は、次の3つに分類される。

 ?@)公的機関の判断に基づく、強制力を伴う処理方法
 ?A)公的機関による、当事者の合意を前提とした処理方法
 ?B)私的槻関による、当事者の合意を前提とした処理方法

この中で最も好ましいのは?A)であるといえる。

 なぜなら、労使紛争は他の種類の紛争とは異なり、紛争解決後の労使関係に与える影響を考慮する必要があるものが多々ある(もちろん労使関係が終了し、その後のことを考慮する必要がないものもあるが)ため、まず当事者の合意を前提としなければ真の意味での解決とならないからである。

 また、私的機関では、当事者双方に合意事項の遵守を履行させる強制力をどこまで行使できるか疑問である。紛争解決のためにはある程度合意事項遵守を担保する力が必要であることから、私的機関よりは公的機関の方が望ましいといえる。もちろん既存の官公庁では縄張り争いの問題があるのでこれを修正する必要はある。

 そこで、これらに代わり労務管理のプロである社会保険労務士で組織する機関の必要性がでてくるのである。厳密には社会保険労務士会は公的機関ではない。この点で、先に述べた「労使双方に合意事項を遵守させるための権限(担保力)」が欠けるといえる。しかしながら、社労士会は国家資格を持つ者が強制入会とされている組織であるが故に、準公的機関という位置付けができよう。従って、この権限が付与されることに問題はない。

(3)これからの紛争処理

 以下に、当職が全国社会保険労務士会連合会に提案した、新しい紛争処理機関の案を述べる。これは、今後の議論のためのたたき台としてあげたものであり、細部の検討は今後行っていくものとする。あくまで参考としておかれたい。

社会保険労務士による労使紛争処理機関(概案)

 機関の構成としては、全国社会保険労務士会連合会監督のもと、各都道府県単会に労働問題相談部、労働紛争仲裁部を設置する。

 労働問題相談部には常勤の相談院として社会保険労務士を配置し、当事者の一方又は双方の申し立てを受けて斡旋・調停までを行う。

 労働紛争仲裁部には相談員と労働委員会の公益委員からなる仲裁人を配置し、公労使三者構成の紛争仲裁所をおく。

 ここではとりあえず労働委員会の公益委員としたが、特に労働委員会にこだわる必要はなく、他の学識経験者等をあてるのでもよいだろう。

 基本的な構成としては現行の労働委員会と労働基準局の機能をモデルとして改良をすればよい。詳細な点についてはさらに今後の研究課題とする。
 

結論
 既によく承知されていることとは思うが、社会情勢は今この瞬間にも大きく変容しつつあり、一時も待ってはくれない。今大胆な司法制度改革を行わなければ、永久に時期を逸してしまうのだ。

 貴会におかれて、社会保険労務士に以下の権限を付与するよう検討いただきたい。

一.労働社会保険諸法令に係る訴訟の代理権
二.労働争議に関与する権限
三.労使紛争処理機関を創設するにあたり必要とされる権限(具体的な内容については今後も検討を要する。)


《参考》

 我が国の社会保険労務士制度に類似する外国の制度として、お隣韓国の「公認労務士制度」があげられる。

 先般、全国社会保険労務士会連合会が「業務独占資格制度に関する調査票」にてこの制度は異質のものであると回答しているが、これは大きな誤りである。

 今後の我が国の社会保険労務士制度のあり方を考えるうえで、この「公認労務士制度」は非常に参考になるので、以下にその概要を紹介する。

(業務内容)
1. 代行及び代理業務 労働関係法令による各種申告、申請、報告、請求(その他の申請、審査請求あるいは審判請求)及び諸般の権利救済等の代行及び代理事務
2. 労働関係分野の法律相談及び団体交渉指導業務 労使紛争の事前予防と労使間の公正、信頼、和合を為し、採用から退職までの諸般の法律問題に対する相談と諮問及び合理的な団体交渉の指導業務
3. 産業災害補償保険に関する指導業務 勤労者に対する各種保険給付の申請、産業災害審査及び再審査請求等の業務、また事業主に対して危険負担の軽減、撲滅や保険給付と民事上の損害賠償と関連する諸般の業務
4. 事業場の安全、保健に関する指導業務  
5. 労働争議調停業務 労働争議発生時に労働委員会の斡旋委員として、又調停をする調停委員として活動し、公正な調停を通して労働争議の迅速な解決を図る。
6. 人事・労務管理の制度改善及び教育業務  
7. 経営コンサルタントとしての労務珍断業務  


(職務範囲に属する主な法令)

勤労基準法
最低賃金法
産業安全保健法
男女雇用平等法
産業災害補償保険法
産業災薯補償保険業務及び審査に関する法律
労働組合法
労働争議調停法
職業安定及び雇用促進に関する法律

  そもそもこの制度は、我が国の制度を手本として1984年に創設されたものであり、業務内容・職務に属する法令ともに酷似している。強いていえば、公認労務士制度には社会保険に関する業務がないことだろうか。しかし、こちらは後発ながら、我が国の社会保険労務士制度に比べて様々な点で優れているといえる。

  まず、労使紛争の予防と解決に関して強い権限が与えられており、健全な労使関係の育成に大きな貢献をしているということである。紛争の予防と早期解決は、事業主及び労働者双方の経済的損失を最小限に押さえることにもつながるので、是非我が国の社会保険労務士制度にも取り入れたいものである。

  労使交渉をめぐってトラブルが発生した場合、当地ではまず公認労務士が解決のための援助を求められるということである。これは、こうした問題に関しては一般弁護士よりもはるかに有用であるという理由だけでなく、公認労務士の社会における位置付けがはっきりしていることも関係している。我が国の社会保険労務士の場合、この位置付けがはっきりしていないということが制度の発展を阻害しているようだ。

  また、当地では早くから審査請求等の代理権が認められていた。我が国でも昨年ようやくこれが認められることとなったのだが、遅れをとっていることは厳然たる事実である。

(注)

  本来こうした比較研究は、社会保険労務士会を統括する全国社会保険労務士会連合会が行うべきものである。しかしながら、この組織は硬直化しており、なかなか行動を起こさない。そこで、我々全国の有志で組織する全国青年社会保険労務士連絡協議会が社会保険労務士制度のあり方を改善すべく運動を行っているのである。この一環として、平成7年には実際に現地へ赴き上記の調査を行った。