この確認書の第3項後段では、「年末調整に関する事務は、税理士法第2条第1項に規定する業務に該当し、社会保険労務士が当該業務を行うことは税理士法第52条(税理士業務の制限)に違反する」として、社労士が年末調整事務を行うことを禁じています。
しかし筆者はこの内容について、法律的・客観的かつ常識的にみて、整合性があるものとは考えられません。顧問社労士が給与計算を行っている顧問先事業所において、年末調整事務を行うのは職務上当然のことです。以下、理由を述べます。
1. 民法からのアプローチ
賃金を確定するには、まず第一に、労使間で定めた労働契約や就業規則に基づく個々の従業員の労働条件(基本給、諸手当、労働日数、労働時間等)をもとに、総支給額を算出します。次に、労働保険料や社会保険料を控除します。そして、最後に源泉所得税を計算して手取り賃金額が確定することになります。これらのうち、労働条件に基づく賃金額(総支給額)の算出や労働保険料・社会保険料の計算が、我々社労士の職務範囲であることは言うまでもありません。
つまり、社労士が守備範囲とする「賃金」と税理士が守備範囲とする「税金」では、労働の対償である「賃金」が「主」で、「税金」が「従」とする関係が成り立つのです。賃金があるから税金が発生するのであり、税金を徴収するために賃金が発生するわけではないからです。
この「主」と「従」の関係については、民法第87条にも「主物と従物の区別」として明記されています。「従物は主物に付随する。」これを理解すれば、主(賃金)と従(税金)のどちらを優先すべきかは一目瞭然です。
したがって、年末調整を含む源泉所得税の計算は、労働の対償たる賃金の計算の延長線上にあるものであり、「賃金債務の確定に付随する業務」として、社労士の職務範囲と解されます。
2. 社労士法と労働基準法からのアプローチ
社労士は、社労士法第2条各号に定められた事務を業とします。その中には労働基準法に基づく申請書等が含まれています。労働基準法は第108条で賃金台帳の調整を使用者に義務付けており、よって、賃金台帳作成事務は社労士の業務の一つと解されます。
さて、この賃金台帳の必要記入事項には、「労働基準法第24条第1項の規定によって賃金の一部を控除した場合には、その額」が含まれます(労働基準法施行規則第54条第1項第8号)。つまり賃金台帳を作成する際、労基法第24条第1項により源泉徴収される額を記入しなければならないのです。上記1の理由とあわせて考えると、社労士が給与計算を行っている事業所において、当該社労士が源泉所得税額を計算できないということは、社労士法上の職務を遂行できないということになります。
また、賃金台帳の作成(労働基準法第108条)につき、事業主がこれを怠った場合(当然、法定必須事項を記入しなかった場合もこれに含まれる)、労働基準法第120条により、事業主は30万円以下の罰金に処せられます。加えて、同法第121条により、当該賃金台帳作成事務を代理人(顧問社労士等)に行わせていた場合にも、同様に処罰されることになるのです。
社労士が、源泉所得税の計算(年末調整を含む)を行えないということになれば、賃金台帳の作成業務に支障をきたしかねず、労働基準法及び社労士法から照らしても問題が生じることになるのです。
3. 所得税法からのアプローチ
上記2に付随して、所得税法からこの問題を考えてみます。
所得税法第183条は、給与支払者(使用者)に対し、給与支払の際、所得税を源泉徴収する義務を負わせています。又、同法第190条において、給与所得者の年末調整について規定しています。これによれば、「使用者は所得税の額の合計額がその年最後に給与等の支払をする時の現況により計算した第2号に掲げる税額に比し過不足があるときは、その超過額は、その年最後に給与等の支払をする際徴収すべき所得税に充当し、その附則額は、その年最後に給与等の支払をする際徴収しなければならない」とされています。
すなわち、源泉徴収税の過不足を、労働者に支払う当該年最後の「給与等」から調整することとなり、年末調整事務による当該年の所得税額確定が、賃金台帳作成における記入事項に不可欠な要素となります。
つまり、年末調整事務を行った後でなければ、何人も賃金台帳の作成事務が行えないのです。
このことからも、社労士が年末調整事務を行うことを禁じることは、著しく整合性に欠けるものと考えられます。
4. 国民の利便性からのアプローチ
法律的な根拠は上記1〜3の理由で説明しました。
さらに、国民(中小事業主や労働者)の立場から考えてみましょう。
源泉所得税額の計算を含めた給与計算について、例えば、まず「賃金」を守備範囲とする社労士が当月の給与計算を行い、労働保険料及び社会保険料の数字が確定したところで、次に、「税」を守備範囲とする税理士へ、源泉徴収税の計算業務を依頼し、最後に、源泉徴収税額が確定したところで、再び社労士が税理士からこれを引き継ぎ、給与支払明細書等を作成の後(労働債権の確定後)、労働者への支払事務を行う手順を踏む…。
これでは、いたずらに業務が煩雑になり、時間を浪費するだけで、依頼者たる国民が迷惑を被るだけです。
税理士と社労士との業務内容がバッティングする、給与計算事務(年末調整事務を含む)は、その業務の難易度からしても、両者が業務の相互乗り入れを行うことが、士業サービスを利用する国民にとってもっとも有益なのではないのでしょうか。
給与計算及び年末調整について、税理士を選ぶか社労士を選ぶかは、国民(事業主)が決めればいいことです。
【結 論】
たしかに、顧問先でもない給与計算もしていない会社の年末調整をスポット業務として受託することは、法解釈上無理があるかもしれません。しかし、上記1〜4の観点から、毎月の給与計算業務を受託している顧問先において、社労士が年末調整を行うことは、当然に社労士の職務範囲であると解することができます。
したがって、先の確認書においても、年末調整事務については「民法」「社労士法」「労働基準法」「所得税法」の包括的な法解釈から、「年末調整事務は賃金債務確定に必要な付随業務であるから、社労士が合法的に行える」ものとすべきです。
この問題に関する筆者の解釈に対しては、異論も多く出るかもしれません。しかし、事の是非を判断するのは、税理士会でも社労士会でもなく、権威ある場所、すなわち裁判所です。これは当たり前のことであって、例えば、隣人同士である甲と乙が土地の境界線を巡り争ったとします。どちらも自分の主張を曲げない場合、結局は裁判所にどちらの主張が正しいか法律的に判断してもらうことになります。裁判所の判断を仰がない限り、問題は個人の解釈に委ねられ、この土地問題については、両者がいつまでも自分の主張を繰り返すだけのことです。
それと同様に、法的根拠にすら基づかない「確認書」なるものが、税理士会と社労士会の間において調印されたとしても、裁判所で決着をつけない限り、何ら法的効力を持たないものと解するのが当然であり、それぞれの会員が個々の解釈に基づいて業務を行ったとしても、何ら咎められるものではありません。