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司会
ただいまよりシンポジューム、テーマは「規制改革と社会保険労務士の役割」、
サブタイトルとして「弁護士法72条と専門士業の役割に関して」を開催させて
いただきます。
それでは本日のシンポジューム、コーディネーターには本会常任理事であります
寺田知佳子先生にお願いたします。
寺田
ご紹介いただきました全国青年社会保険労務士連絡協議会常任理事を務めさせて
いただいております寺田と申します。これから2時間ほど皆様とシンポジューム
を進行させていただきたいと思います。ご協力のほどお願いいたします。
本日はお忙しい中を、このようにたくさんの皆様、それからお忙しい先生方にお
集まりいただきまして本当にありがとうございました。前段で、規制改革と社会
保険労務士の役割ということで阿部先生の方から基調講演をいただきました。
時代の流れとともに社会の価値観も変わって参ります。その中で司法のあり方だけ
が、今までと一緒でいいのかどうなのか、やはりそれは例外ではないと思います。
国民のために利用しやすい制度にするために、今私たち隣接法律家、隣接法律専門
職のあり方が考え直される時期になって参りました。国民の立場からして、現状を
すべて良しと評価するのであれば何も改革などという話は起こってこないわけです。
それがこのような形で提議されているということは、何らかの打開策を模索していか
なければならないということで、現在の司法改革審議会があり、そして本日のイベン
トもあるのだとわたしは考えております。
短い時間ですけれども、隣接士業の有効活用、こういった視点から積極的な議論を各
先生方からお願いしたいと思います。皆様にご了承とお断りをさせていただきたいと
思います。大学の教授をはじめとして弁護士の先生、各士業の先生お歴々がこちらに
お並びですけれども、今日は皆さんを「さん」付けでお呼びさせていただきたいと思
いますのでそのように統一するということでご了承ください。
それではこちらから順番に座られている方をご紹介させていただきたいと思います。
最初に挨拶しましたので会長の河野順一は割愛させていただきます。その隣が岩根紀
夫さんです。岩根さんはプロフィールにも書かれていますけれども江戸川労務管理事
務所の方で河野順一会長の第一秘書ということで右腕としてご活躍されている方で
す。そのお隣が基調講演をされました、阿部泰隆さんです。阿部さんにつきまして
は最初の方で、プロフィールについてご説明ありました。そのお隣は孫田良平さん
でいらっしゃいます。孫田良平さんは現在四天王寺国際仏教大学で教授をされてお
ります。労働評論家ということで労働省に長くいらっしゃったご経験を今日この場
で発表していただければと思います。そのお隣が高野隆さんでいらっしゃいます。
現在埼玉弁護士会に所属されております弁護士でいらっしゃいます。菊地総合法律
事務所というところに勤務されております。そのお隣が松永六郎さんです。司法書
士でいらっしゃいまして早くから司法改革の問題に取り組まれている方です。その
お隣が、税理士の倉林倭男さんでいらっしゃいます。倉林さんは全国青年税理士連
盟でご活躍なさっておりまして、司法改革に積極的に取り組まれています。
それでは自己紹介が未だなされていない方で順番にしていただきますけれども、
岩根さんからお願いしたいと思います。大体3分程度でご自身のご紹介と今日どう
いう視点からお話していただけるのかということをお話してください。
岩根
ただいまご紹介に与りました全国青年社会保険労務士連絡協議会の事務局を務め
ております岩根と申します。どうぞよろしくお願いいたします。私個人は大した活
動実績もございませんので、この場ではこのシンポジュームを開催するにあたりま
して、今私ども全国青年社会保険労務士連絡協議会、長いので今後青労会と呼ばせ
ていただきますが、青労会の現在行っている活動と今回司法制度改革にあたってど
ういうスタンスで我々の会が臨んでいるのかということを簡単にご紹介したいと思
います。基本的に私どもの会は社会保険労務士の地位向上という目的をもって組織
されたものであります。社会保険労務士の皆さんよくご存知のことと思うのですけ
れど、現実問題として私ども社会保険労務士の業務というものは一般市民の方には
あまり深く認識はされておりません。そうしたことから阿部先生のお話にありまし
たような傷病手当金に関する誤解が発生したり、それ以前からのもっと深刻な問題
として労働災害が起こった場合に被災労働者が泣き寝入りをしなければならなかっ
た。これはいずれも適切な相談相手がいなかった、あるいはいたのだけれども相手
を探し出すことができなかったということに基づくものと考えられます。そこで我
々青労会といたしましては社会保険労務士の業務というものを広く一般市民の方に
周知し、こうしたトラブルに対する的確なアドバイスをしていきたい、もって国民
の利便性を図りたいということから、今回の規制改革に関する取り組みを行ってお
ります。詳しいことは後のお話の中でしていきたいと思います。
寺田
それでは次に孫田さんお願いできますか。
孫田
孫田でございます。ここにプロフィールが書いてあります通りであります。19
49年労働省に採用になったときの秘書課長が中西實さんで、今でも会う度に3号
業務の充実についてどんどん言ってくれないかといわれてなかなかチャンスが参り
ませんが、本日その機会をいただきましてありがたいと思っております。それから、
私はこの中にいる唯一の法律を専門としない人間でありますが。大学で教えており
ますのは社会政策で労働問題とか社会保障とかそれに関連する経済政策とかやって
おります。前に月刊社労士に書いたのを忘れておりまして見せていただきましたが、
私自身は社労士は普通の士と違う。人間を活かすという最も素敵な士でありまして、
労使関係、労働者と使用者との間には、これはサイラスチンというアメリカの斡旋
仲裁の名人の本に書いてあるんですが、夫婦は離婚できるけれども労使は離婚でき
ない、全部入れ替えるということはできない。だから一生懸命にいかにして話を通
じて一方に吸収されるのではなくて話し合いの中から、新しいものを見出そう、と
書いてありました。私はその通り、アメリカですらそうなのです。日本は人を活か
すと言うことでは大変先進国なはずなので皆様の仕事に対しては大変敬意を持って
いるものであります。そのつもりで今日は主として争議調整に関する、社労士法
23条というみょうちくりんな条文の批判をしたいと考えております。
寺田
どうもありがとうございました。では次に、高野さんお願いします。
高野
皆さん今日は、高野です。プロフィールにもある通り埼玉で弁護士をしています。
弁護士のご多分に漏れずジェネラリストでありまして、やっていることは種種雑多
でありまして、離婚事件から労働事件まで或いは特別清算というような事件までご
っちゃ煮でやっています。
先ほど阿部さんの話にもあったように、弁護士は法律を全部知っているというこ
とは絶対にありえないのでありましてそういった事件を私一人ができるわけもなく
一緒に4人の弁護士がやっております。それぞれある範囲の専門分野を固めて協力
してどうにか持ち堪えていると、事務所が潰れないでどうにかやっているという状
況であります。
強いて専門分野を挙げるとすれば、刑事事件とそれから国際関係の家族法に絡む
紛争、それから後は国際的な入管関係の紛争を専門といっても恥ずかしくないかな
と思っています。
何故今日私がここにいるのかについては実は今のところ完全には把握されてはな
いのですけれども、先般寺田さんからいただいた電話によると、私が『月刊司法改
革』という雑誌に発表した「弁護士の数は市場に任せろ」という論文が目にとまっ
て、お呼びいただいたということであります。その論旨は後ほど紹介する機会があ
ると思いますけれども、簡単に言いますと現在法曹人口というのは法曹三者、弁護
士、検察官、裁判官の法曹三者で決められているわけで、それによって年間500
人であるとか700人であるとか、1000人ですけれどもそういう決められ方を
していて、そういう参入規制に基づいて我々の仕事が成り立っていると。これは根
本的におかしいのではないかという考えを3年程前から持ちまして、いくつか論文
を発表していますけれども、そういうことが根本的原因になって今日様様な司法へ
のアクセス障害が起こっている。そして私の現在の状況が示すように弁護士業務の
専門分化というのが進んでいない。そういった談合による参入制限は撤廃すべきで
ある、自由競争に任せるべきであるという論文を『月刊司法改革』に発表しました。
そういった意味では、私は規制改革論者であります。この考え方は、残念ながら
日弁連では主流ではありません。むしろ異端というべきだといえます。日弁連は
11月1日の臨時総会で法曹人口の大幅増員を受け入れると、実質的には司法制度
改革審議会の年間3000人というものを受け入れる立場を表明したわけですけれ
ども。3000人といってもそこには数字の上限が設定されているわけで、完全な
規制緩和ではないわけです。それにしても日弁連が大きく方針転換をしたといった
意味でこれからさらに流動的な場面になっていくのではないかとその意味では規制
緩和の問題がさらに議論が進められていくのではないかと私は思っています。
今日はこのような集会にお呼びいただいて大変光栄であります。社会保険労務士
の方とは何度か一緒に仕事したことがありますけれども日常的にどういう仕事をさ
れているかわかりませんので今日はそういった面も含めて勉強していきたいと思い
ます。よろしくお願いします。
寺田
どうもありがとうございました。では次に松永さんよろしくお願いします。
松永
司法書士の松永でございます。私は昭和36年から司法書士を開業しております。
ご存知の通り司法書士は不動産登記、商業登記、裁判事務と大きく三つに分かれる
わけですが、その中でも私は前に東京地裁に勤めていた関係で裁判事務に力を入れ
て参ったわけであります。今日私はここにお呼びいただいて感謝申し上げます。
7月11日に東京司法書士会で四谷会館で「司法書士と司法改革」というテーマ
でシンポジュームを開催いたしました。そのとき私コーディネータをやらせていた
だきました。そのときにも社労士の方が何人かおみえでございました。こういうこ
とで指名があったものと理解しております。しかしながら、社労士の実践実務はど
ういうものなのかあまり不勉強でわからないわけでありまして私は今日皆さんのご
意見を伺って勉強させていただきたいとこう思っております。
昭和62年に日弁連から日本司法書士連合会に対して司法書士の業務は弁護士法
72条に触れることが多々ある。これはどういうことかとクレームがございました。
これについてそれでは両会で協議をしようということで協議会を結成いたしました。
日弁連の方からも協議委員が選出されて、日司連の方からも協議委員が出席しまし
た。そのなかで私は裁判所の代表選手として選ばれて12年間議論してまいったわ
けです。その中で一番の問題はやはり弁護士法72条、皆さんもご理解の通りであ
ります。司法書士の業務についての大きな障害となっているわけです。ですから司
法書士も法律実務家といいながら極めて不自由な法律家である。それは72条の存
在である。だけども日弁連との協議も一昨年一応の目途がつきましてそしてこうい
うことでやっていこうということでかなり我々の業際の問題が明確にはなってきた
わけです。その中で最も明確になった点は司法書士の書類作成といった点にいては
弁護士の書類の作成と同質であるという話にはまとまってきたというわけでありま
す。
しかし、その中でもなお未だ重要な部分があります。そこで今回の司法制度改革
の中で司法書士に簡裁代理権をどうかという議論が今出ておるわけです。これが実
現すればかなりの部分が解消すると私は理解しておるのであります。しかしながら、
この案に対しては日弁連では反対しておるわけであります。簡裁代理権はちょっと
無理であろう。また後でまた申し上げますが補佐人でよかろう、こういうことであ
ります。私どもは、補佐人ではなく是非とも簡裁代理権をお願いしたい、まぁこう
いう要求をしておるわけです。もうこの11月でありますから恐らく規制改革委員
会の答申がまとまるでありましょう。その中でこれがどのように取り扱われるか重
大視しているこういう状況であります。
寺田
はい、どうもありがとうございました。では倉林さんにお願いします。
倉林
こんにちは税理士の倉林と申します。私が今日この場に呼ばれましたのは青年税
理士連盟という団体にいまして、これはまあ任意団体ですが、全国組織とか、各地
方に会員の組織がありましてそちらの方へ誰か一人派遣してほしいというお話をい
ただいた中で偶々今期全国青年税理士連盟の規制緩和等対策委員長という役職にお
りますので、じゃあおまえいって話してこいということでお招きをいただいたこと
になっております。ありがとうございました。
お話する内容につきましては基本的に私個人の見解とさせていただきたいと思い
ます。先程、阿部さんの講演の中でご指摘いただいたように我々大蔵省の監督下で
税理士の仕事をしているわけですが、まあそういう中で、大蔵省、税務署にきちっ
とものが言えるのか、こういったご指摘もいただいておるんですが、皆様の中には
ご存知の方もおられるかと思いますが税理士には試験合格とそれから行政OBと試験
免除と大きく三つあるんですが、試験合格が約4割、行政OBがやはり4割強、ほか
には公認会計士さんですとか弁護士さんも一部いらっしゃいますしそういう方々が
試験免除で業務ができる。他にマスターという修士の学位で免除を受けるという方
も増えてきていてその中でなかなか行政に姿勢が取れない人も数多くおるのかなあ
という事で我々業界の問題として改革をするように、青年税理士連盟というのは試
験での方が中心で組織している団体ですので申し上げています。けれども、なかな
か実現が難しいというところですが、来年の国会で提出される予定の税理士法改正
の中にも一部含まれてくるかもしれないという期待もしております。
よろしくお願いいたします。
寺田
どうもありがとうございました。これで一通り自己紹介等終わりましたので、皆
様どのような主張をされるかということで次が楽しみになって参りました。
次に、孫田さんに現在の労働環境と紛争性、社労士法23条と個別労使紛争との
関わり、青労会でかねてより23条の撤廃を言ってきたわけですけれども、こうい
ったことを踏まえながら、お話をしていただきたいと思います。
孫田
ただいま出されました問題につきましてお話申し上げます。私のプロフィールの
ところを先に。1949年に労働省に採用された後の3行目に「調査」とあります
がこれは「調整」のミスプリントであります。「調整」というのは労働関係調整法
にあります、斡旋、調停および仲裁この3つを総合して「調整」、その他に労働委
員会の事務局的に申し上げますと、「調査」というのもこれも「調整」です。つま
り「調査」の段階で労働争議を解決するということがあるものですから、それも含
めて「調整」。
7年間中労働委の課長をやりましたが、その理由はその前に賃金問題ばかりやっ
ておりまして、争議の7割、8割が大体賃金だというので引っ張られてやったので、
とてもいい仕事なものですから結局7年間も課長をやるという非常に不思議な状態
だったわけです。その経験から申し上げるわけであります。
まず、社労士法の目的のところに、ご承知の3号業務ですね。事業における労務
管理その他労働に関する事項について相談に応じまた指導することとちゃんと書い
てあるんですね。相談に応じ指導することと書きながら、23条には労働争議には
黙っておれというのはこれ何たることか。これが先程申し上げました23条という
奇妙なる法律という風に申し上げたわけであります。
現在日本の労働環境というのが非常に心配しなければならないことがいっぱいあ
ります。新聞には出ませんが仕事を探している人というのが労働力調査で毎月発表
になっております。これ新聞に出さないですけれども大体11パーセント、労働力
人口の11パーセントが現に仕事を探している人、これは非常に高いのであります。
平常では7パーセントから8パーセントだったのが、もう10人に一人以上が探し
ている。何故探すか。会社が潰れそうだということもありますが、狙われているこ
ともありますし、とにかく現状に不満であるなどたくさん理由があるのであります。
そしてその中で労働争議が起きそうなものなのに労働争議はどんどん減ってきてお
ります。労働争議には介入してはいけないというその条文、社労士法に言っている
労働争議はご承知のように労調法に言っている労働争議でありましてこれは労働組
合の存在が前提になっております。労働関係に関する主張が一致しないで争議行為
が発生している状態又は発生する恐れがある状態。これ第6条で、争議行為とはな
にかというところに同盟罷業、怠業、作業場閉鎖その他労働関係の当事者が主張を
貫徹することを目的とする行為および対抗する行為であって業務の正常な運営を阻
害するものをいう、とこのように書いてあるわけなんです。同盟罷業はみんなで一
緒にやる、怠業も労働組合が一定の手続きで持って行わないというと単なるサボタ
ージュ、怠け者ということになるんですが、集団的労働関係におきましてはこれは
正当な争議行為となっているわけであります。ところがですね、今の沈鬱な雰囲気
の労使関係に起きているものは何かといいますと労働組合を通さない紛争、これを
個別的労使紛争と申しますけれども、個別といっても一人一人の場合もありますし、
5,6人の場合もあるけれども、要するに小さなグループが紛争を起こすというこ
とになります。社労士法に言っている労働争議に介入してはならないというのは未
だ法律ができたころの労働関係が前提になっているわけでありまして、現在の変化
している事態について何も言っていないということです。
結論的には今の23条は削除すべき、と考えますが、理屈から申し上げますと、
大きく分けて二つになりますね。ひとつは今の法律の書き方はただ単に介入すべか
らずというのは、一体何のためにということが全然書いていないことであります。
書いてある法律があるのかということになりますと職業安定法第20条にこういう
条文があります。公共職業安定所は労働争議に対する中立の立場を維持するため同
盟罷業、作業場閉鎖の行われている事業所に求職者を紹介してはならない。よくわ
かりますですね。ストライキをやっているところに人が足りないからというので職
安に10人お願いしますと言ったらストライキの目的は達せられませんですね。つ
まり労使の均衡を著しく失してしまう。ですから職安法20条は中立の立場を維持
するためと書いてあるんですね。それから第2項の方に、労働委員会が公共職業安
定所に対し事業場において同盟罷業、又は作業場閉鎖に至るおそれの多い争議が発
生していることを知らせれば、紹介したがらない。これは先の第1項の方はすでに
起きている労働争議ですが、第2項の方はおそれがあると労働委員会がいってきた
ら紹介したがらない。ということで非常にはっきりしているのであります。それに
比べると社労士法に言っているところの介入してはならないというのは一体何のた
めにということになりますね。公正な第三者としての地位を守るために、俗な言い
方をすればプロレーバーとかプロキャピタルとか言われない第三者としての地位を
保全するためにというのだったら先程言った3号業務に相談に応ずるといったこと
は成り立たなくなってしまうんですね。矛盾しているわけでしょ。だからこれが第
1の理由であります。
第2の理由は現実の情勢が変化しているのにそれに適用していないことになりま
す。最近、個人的な問題で一番多いというのは解雇問題ですが、つまり自分だけが
狙われているとか、或いは狙われそうだという問題があります。それをどこが解決
しているかという非常に面白い問題がありますがこれが労政事務所なんですね。労
政事務所というのは争議の介入とか何とか一言も書いていないんですね。あれは市
民のためのサービス機関と言うようになっている。そうしますと持ち込まれた内容
は何でもやれることになっておりまして、特に東京の場合なんかはそう言う名物男
がおりまして、もう事件がもちこまれるとひょいひょいと走り回ってセクハラ問題
でも或いは首切り問題でもなんでもやる。そういうことが有名になりますと非常に
気軽に問題をもち込んでそして援助を得て解決するいう風になっておるのでありま
す。なまじっか、法律に何も書いていないお陰でやっているということになります
ですね。件数からいいますと、これは労働省の調査ですが1989年90年ぐらい
は1年間に全国で75000件、これが96年になりますと10万件をこえている
ということになっております。そして東京の労政事務所の場合だったら約7割、
69.5パーセントが持ち込まれた紛争を労使双方立会いのもとに解決するというこ
とですね。これは大変興味あることであって、斡旋調停をやるだなんてどこにも書
いていないから解決できるということなのであります。別な言い方をすると介入す
るなのとかしないなのと書くことによって自分の業務を狭くし、そしてサービスを
低下させて国民を困らせるという奇妙な事実がでてくるわけであります。
そして、もう一つの問題ですが、これは今日の問題に影響すると思いますけれど
も、法律家たとえば弁護士さんが労働問題に介入する場合と労働問題を専門とする
皆様方の立場で介入する場合とはどうも結果が違うのではないかと思うのでありま
す。社労士の立場で言いますとこれはホームドクターですね。事件になる前につま
り病気になる前に病気にならないにはどうしたらよいか一生懸命アドバイスしてい
るわけであります。病気になってからうちに来たって、うちに手術設備、レントゲ
ンその他新鋭機械もないしということでその必要があれば、大学病院とか大きな病
院に紹介状を書いて検査はあっちでやってくださいっていうのがホームドクターで
すね。そうしますと皆さんの立場から言うならば、むしろ労使紛争を起きないよう
に普段から労働協約なり就業規則なりを整備して、事がありそうだということがな
いようにアドバイスをしているのが、恐らく社労士が依頼人にやっている基本的態
度だと思います。それがないと信頼関係ができない。単なる手続屋さんになってし
まう、一枚やっていくらというさびしい仕事になってしまう。そうじゃないでしょ
う皆さんの立場は。労使関係をよりよくする、みんなが愉快に働けるような職場を
作る、それで会社は儲かる。とこういうような会社を作るのが理想でありますが、
その立場からいきますと労使紛争の解決を永続的に、たとえば法律だったら白か黒
か決めればそれでおしまいなんです。ところが、社労士的に申しますと白か黒かで
喧嘩別れしたりカネで和解したりでは困るんで人間関係というものがしこりが残ら
ないように後々まであの時はああいうこともあったけれどなあ、と言ってあとで笑
えるようなそういったような労使関係であってほしいですね。それを理解されてい
るのが私は社労士だろうと思うのであります。
そういう点で、労使紛争、争議も含めまして介入すべからずではなくて大いに介
入して一生懸命に将来の日本の労働者、使用者両方のために頑張るのが本来の筋で
はないかというのが趣旨であります。
寺田
どうもありがとうございました。多大な応援歌をいただきまして非常にうれしく
なっております。次に高野さんにお話いただきたいのですが、高野さんの自己紹介
にもありましたけれども、ここに来ていただいた発端は『月刊司法改革』という雑
誌に論文を投稿されそれを読んだということからきています。アメリカでの実務経
験もおありでこの司法改革の流れはアメリカらの流れだと捉えているのですけれど
も、アメリカと日本の司法のあり方を比較して、やはり隣接士業は必要か必要では
ないかといったお話をしていただけるとありがたいと思います。それではよろしく
お願いいたします。
高野
日本には弁護士が12000人しかいないのです。アメリカには弁護士が90万
人ぐらいいます。日本は人口比で言うと7200人に一人、アメリカでは250人
に一人、お医者さんでいうと人口350人に一人、日本は人口500人ぐらいに一
人とそんなに差はないわけですけれども、弁護士にはめちゃくちゃな差があるわけ
です。よく言われますが主要先進諸国と呼ばれている中で最も弁護士人口が少ない
のがフランスなのです。52000人ですけれどもそれと比べても、圧倒的に少な
い状況にあります。その結果何が起こっているかが問題だと思うのですけれども、
弁護士の半数以上が東京と大阪に集中しているわけです。全国の地裁ないし簡裁が
ある都市で弁護士が一人もいないところがぞろぞろある。いても一人というところ
が何十箇所もあるという状況であるわけです。先程の阿部さんのお話にもあった通
り簡易裁判所の原告被告を本人で訴訟代理人が付いていないというのが8割近くあ
るという状況です。あと、弁護士会で法律相談を申し込んでもその予約受付が一ヶ
月前でないとだめで二ヶ月後なんです。その間高利貸しから追い込みをかけられて
多額の「税金」を払っちゃって、払っちゃった後で相談に来る。それから裁判所か
ら破産管財人の依頼があっても管財人を見つけることができない。だから仕方ない
から東京や大阪から別の会から管財人を見つけてくる、ということです。
よく知られているように民事訴訟の訴訟進行が遅々として進まない。それだけで
はなくて、証人尋問の数が非常に制約されている。これは必ずしも弁護士の数だけ
の問題ではなくて、裁判官の数が少ないという問題もあるのですが、そのように弁
護士の数が少ないことによって司法へのアクセス障害が確実に存在しているわけで
す。その人数制限を齎したことについては実は法的根拠は全くないんです。司法試
験法という法律があってそれによると司法試験法第1条に「司法試験は裁判官、検
察官、又は弁護士となろうとするものに必要な学識およびその応用能力を有するか
どうかを判定することを目的とする。」そして第8条によると司法試験の合格者は
司法試験考査委員の合議によって定めると書いてあります。どこにも人数が
1000人でなければいけないとか3000人でいいとかどこにも書いていない。
第1条に書いているような学識および応用能力を有すると判定が下ればその人には
全員司法試験合格という資格を与えてもいいわけです、法律上は。ところがそうは
なっていない。それは何故かというと、司法試験考査委員会という、これは法曹三
者で一名ずつ出して決めているわけですけれども、この三者がそれぞれの業界を代
表して人数制限を長年にわたってやってきたということであります。その話し合い
によって500人、700人そして最近は1000人となったわけであります。こ
れは明白に談合だと私は思いますし、参入規制だと思うわけです。
こうした参入規制の結果先程申し上げた消費者が多大な迷惑を被っている。これ
はなくすべきだと私は考ええているわけです。
ところが、弁護士会の中ではそういう意見はむしろ少数説でありましてそういう
人数制限をしないで自由な市場原理に任せることによって過当競争が起こって弁護
士の質が低下すると、悪徳弁護士がたくさん増えるじゃないかという議論がありま
す。私はそれは大きな間違いではないかと思います。その弁護士の数が増えて、競
争が増えればですね、確実に弁護士の質は向上すると思います。それからその料金
も低額になる。たとえばコンピュータ業界を見ればはっきりしていますよね。競争
によってコンピュータの質は飛躍的に向上していますし、その結果、そのコンピュ
ータ業界の人たちの倫理が下がったなんてことは全く現れていないわけであります。
もちろん、悪徳弁護士というのは将来にわたっても存在しうると私は思いますけれ
ども、それに対して弁護士会が懲戒をきちっとやって悪質な弁護士を業界から排除
すればよい、それこそ弁護士会の仕事ではないか。そういう競争が行われれば確実
にその弁護士の専門分化というものが現れてくるものだと私は予測しております。
社会保険労務士の方がやっているような非常に高度な労働法の分野に関しては全
くといっていいくらい知識がないし実務のノウハウが蓄積されていないわけですけ
れども、必ずその分野に進出してくる弁護士も出てくると思うんですね。そうなる
のは、随分先の話だろうと思います。先程申し上げたように年間司法試験合格者
3000人という決議を日弁連がしましたけれども、それが実施されても、弁護士
人口が5万人になるのは10年くらい先であります。ですから、そんなにすぐに、
皆さんの競争相手が増えてくるというわけでもないと思います。
話はアメリカの方に切り替えたいと思いますけれども、アメリカには公認会計士
というのがいますけれども、税理士というのはいませんし、弁理士というのもいな
いし、社会保険労務士というのもいません。そういった業務は誰がやっているのか
というと全部弁護士がやっているわけです。弁護士がロースクールを卒業して3年
間ですけれども、そして、それぞれの州の司法試験に合格して弁護士として受けい
れられると。その弁護士がそれぞれの仕事として税務ならばタックスロイヤー、特
許関係ならパテントロイヤー、労働法専門の弁護士というのもいるわけです。大き
な法律事務所ですとそこに労働法専門のスタッフが必ずいる。そういう人たちが皆
さんのやっているような仕事も含めた労働事件の弁護活動、それから企業に就職し
て労務関係のセクションで弁護士資格を持ちながらそこの従業員としてそういう仕
事をしていることもあります。こういうように弁護士の人数制限というものが仮に
撤廃されてアメリカのようなシステムで法曹が要請されていくとなると、今言われ
ている72条問題というようなものはそもそもなくなってしまうと思うんです。
弁護士がそれぞれ特化した分野で、訴訟代理権も弁護士ですからもちろん持ってい
るわけですからそういった一般的な相談業務、企業から日常的なコンサルティング
業務から紛争処理ADRでの代理権それから法廷での陳述権、訴訟代理権一貫した処
理をやるということになるわけです。日本の現実は先程申し上げたように全く違う
状況なんですけれども、このアメリカの例を考えると今議論されているようなすで
にある弁護士の隣接士業の方々がそういう紛争或いはADRそして法廷に進出していく
というやり方と、アメリカ式に弁護士の数を増やしてその弁護士がそれぞれの特殊
分野に特化していく二つの方向があるんですね。
日本はどうすべきかということは非常に難しい問題と思うんですが、そこに72
条問題というのが出てくるわけですけれども、私は不勉強なのでこれからじっくり
煮詰めていきたいと思うんですが、現段階では次のように考えています。紛争に関
する代理権については、それぞれの専門分野に関して代理権を与えられるべきだと
思います。問題は訴訟代理権ですが、今回少し調べさせていただいたんですけれど
も社会保険労務士の試験の中には、憲法、民法、民事訴訟法といったものがどうや
らないみたいですね。それから資格取得の前後を通じて証拠法であるとか、法廷で
の尋問技術であるとか弁論技術についての研修についてもどうやらなさっていらっ
しゃらないというものと理解いたしました。そうなりますと、現段階では法廷での
訴訟代理については少し私は疑問があります。規制緩和というのはもちろん必要な
ことですけれども、規制緩和というものは業界人のためにあるのではなくて、やは
り消費者のためにある。ですから消費者が迷惑を受けるかたちで競争原理だけを持
ち込むということになりますと現場でかなり混乱が起こるのではないか。ですから、
河野さんが意見書の中でお書きになっていましたけれども、もしも社会保険労務士
の方が法廷代理権を主張されるということであれば、申し上げた訴訟関連法に付い
て、私は憲法も必要だと思いますけれども、そういった法律に関する教育と試験、
それから法廷技術に関する実務研修そういったものは不可欠ではないかと思います。
しかし、法廷活動以外の代理業務については全く規制する必要はないのではないか
そう考えています。以上です。
寺田
ありがとうございました。今後研修その他試験そういったものを考えれば隣接士
業に与えてもいいのではないかということで受け止めさせていただきましたけれど
も、はい。
それでは先程阿部さんには基調講演していただきましたが、阿部さんも著書の中で
『こんな法律はいらない』という本を出されていまして、その中で弁護士も競争原
理をということを言われています。そういったお立場から先程基調講演でお話足り
なかったところをお話いただければと思います。
阿部
先程お話した中で、一つコメントというか注釈ですが、簡易裁判所で弁護士がど
のくらい選任されているかということに付いて、平成10年度司法統計年報を見ま
すと総数30万件のうち原告被告ともに弁護士を選任したのはわずか1.2パーセ
ント、双方とも本人訴訟は90パーセント弱、その他約8パーセントは一方だけが
弁護士を選任したというのが実情です。それでここに弁護士にも競争原理をという
タイトルがあります。先程お話ししたのとは別の話で、今急に思い付いたのは、こ
の7月に自治研究という雑誌に載せた弁護士法制の改革というのをここで掻い摘ん
でお話したいと思います。
弁護士の競争促進につきましては今高野さんの言われた通りでありまして、法曹
人口が限られていると、特別に専門化しなくても食べていけるということになる。
そうすると会社などでは、専門的なことを聞いてもわからない、わが社が全部書類
を作るので、後は裁判所に持っていくだけ弁護士にやってもらえばいいんだという
調子になっているところがどうも多いらしい。むしろ弁護士の方だって、偶にしか
事件がこないならとても勉強はしておれないわけですね。お互い様ということにな
るわけですが、それでいいかというと民間でも本当はたくさん争いたい、きちんと
したルールで解決してほしいのに我慢していることが多いでしょう。私のやってい
る行政法だって、違法な行政がゴロゴロと、私は思っているのですが、誰も争って
いないというのがどうも非常に多い。私が将来弁護士に登録したら、筆誅擬態と思
っているというと弁護士法違反だと言われるかもしれませんが。たとえば東大前、
道路を将来広げるということで二階建てまで制限しているですね。隣はビルが建つ
と、なんだ地価が下がっているじゃないか何も補償していないんですね。都市計画
がそうなのだから諦めなさいと百年間も制限され地震が来た時道路を広げましょう
かというように言われているのですが。私の説だと、ああいうものにもちゃんと理
屈があって、本来10階建てが建つところを2階建てに制限され8階分だけ地価が
下がっているわけです。下がった分を補償するのではなくて、毎年その分は国家が
借りていることにして、地代を国からもらえるそういう理論ですね。そういう風に
こちらは提議しているんですが、阿部説で行くと全国たくさん訴訟取れるんですね。
あれ土地所有者が大変不満を持っていますが、泣き寝入り。阿部理論で行くと勝て
る、そう思うんですけどね。誰もやってくれない。いくらでも訴訟ありまして、JR
の民間移管訴訟なんて一時ありましたが、言ったら悪いですけれど勝ったとき1パ
ーセント、僕に1パーセントくれたら大学辞めてやってやるのになあと言ってたん
でけれど。およそそんなことは考えない。法治国家ではなくて、西日本の社長が運
輸大臣のところに行ったら頭下げられたので辞めましたと、およそ法治国家ではな
いわけですね。それじゃいくらでも不満がある。ちっちゃな問題がゴロゴロありま
すが、弁護士さんの数が増えればいろんな専門化していくといわれているし、高野
さんも言われましたが、数が増えると悪くなるのではなくて、数が増える方が質が
上がるんですね。大学教授ももっと競争せぇと言われているわけですね。大学の中
では何も競争がない、のんべんだらりとやっていると言われていますが、我々大学
の外ではものすごい競争がありまして、外では結構厳しくやっているんですね。
だから、競争っていいことなのですね。それで悪いのは独占だけなんですね。
それで今弁護士どうなっているかですが、まず広告規制を緩和しまして、事件を
取る、積極的にお客を探しにいくところまでは許されないらしいけれど、そこまで
いかなくて、こういうことが私は得意ですとかはもう言えるようになった、という
わけですね。小説家などは弁護士はやってはいけないと聞きましたが、それでもた
とえば私が商売を始めるとしたら、こういうことでいっぱい論文を書いてきました、
あとこういうことを弁護士としてアドバイスしてきました、こういう事件では私は
大いに勝ちましたと、多分言えるんでしょうね。そうすると、お客の方はそれなら
できるだろうと考えるということでお互いにそうやって質が上がる。よく相談を受
けることがある。
自治体の顧問弁護士ってひどいのが多いと本当に思ってるんです。なぜかって、
昔から地域の人と密着してるんですね。どういう人がなるんだといったら、市長の
選挙で応援団長をやった人がなる。公営住宅の明渡しについても1件15万円でや
っていますと。借家の明渡しは50万60万するんだからというんですが、これは
嘘っぱちね。公営住宅の明渡しというのは誰もやれるやつなんですね。相手は出て
来ない。それはみんな同じ。1件15万円はぼろい訳ですね。1件じゃぼろいわけ
ではないけれど、月20件くれば300万円、年間で3600万円の収入が保証さ
れるわけですね。こんなのは、もっとオープンにして弁護士に入札でやってもらう
と。下手だったら辞めてもらうということにすれば15万円でも5万円でも引き受
けるという人が多分いると思うんですね。数を増やして、能力を表示して競争させ
るということがね、利用者の利便性に一致すると私は思いますし、自治体の顧問弁
護士がね、行政事件はめったにないですけれど偶に来ると、よくわかっていない。
一審で負けてから来ることが結構あるんですね。最初から、事件を起こすときから
ね。外形標準課税などは銀行業界何をアホなことやってたとか条例を争っているん
ですけれど、条例が施行されてから3ヶ月したら、取消訴訟ができない、無効確認
訴訟となっているんですけれども。無効のことが争いできるんですね、重大明白な
瑕疵でね。どうせ争うなら3ヶ月で争えばいいのに、なんかゆっくりやっていて、
弁護士がしっかりやっていないんではないかと思うのだけれど。まぁ、いろいろあ
りますけれども。自治体でもよくわかってなくて事件を起こして、交通事故であれ
ば重体になってから病院に行くというのが多くて。そうではなくて予防法学をやる
べきだ。予防法学は皆さんよくやっていると思うけれども。弁護士で難しいのは予
防方法を速く考えなければいけないんですね。事件が起きてからゆっくり調べてい
るわけにはいかないんですから。相当専門家でないと予防法学はできないんですね。
だけれど、そういう風にするには数を増やして競走させて儲かる。報酬規定は未だ
緩和されていませんが、独禁法違反ではないかと散々言われているんですね。行政
書士の方は報酬規定を撤廃させられたんですね。弁護士も報酬規定を撤廃して、私
はこのようにやりますとそれぞれ表示して競争して。あの先生できないくせに高い
とかね。そのようにやっていけばいいと思うんだけれども。その代わり説明義務を
きちっと課すと。今は、先生お願いしますと、報酬は後で相談などということが結
構多いんだそうですね。僕が非常に不満に思うのは、一審二審勝って、三審勝った。
報酬いただきますと。執行してみたらもぬけの殻だと。結局何も取れないが、先生
にご苦労をかけたから報酬だけは払うよと、よくあるようで。僕が弁護士やるんだ
ったら、この事件裁判に勝っても執行できないかもしれませんよ。それでも報酬払
いますかと、きちんとして契約しなければいけないのではないかと。だから、僕は
そのような報酬契約をきちっとして、みんなが納得いくようにしていくべきだ。そ
んなことで競走させて、今度は弁護士はあまり儲からなくなるから社会奉仕をやら
なくなる。今、当番弁護士は、弁護士会で自己負担でやっているんですね。ああい
う社会奉仕はね、社会から税金とすればいいでしょ。儲かっている弁護士からちゃ
んと税金をとればいいんだと思うんですが。もう一つ司法修習所でこき使っている
わけですね。司法研修は2年間ただ勉強するだけで何故給料を払うの。全然理解で
きない。あんなのは奨学金にして、その代わり当番弁護士をやるとかね、働くとか、
社会公共のために役に立った人には奨学金返済を免除すると。いわゆる、ロースク
ール構想は授業料が高いじゃないか、貧乏人はいけないじゃないかといわれている
けれども、そんなのは国費で奨学金を貸してあげて、普通に働いている人は全部返
していただいて、公共に役立つ仕事をした人には返済免除と、やればいいんじゃな
いかと思っていますけれども。とにかく弁護士を増やして、それでもって、社会公
共の役立つ仕事をやっていただく。まぁ、いろいろ細かい制度設計はしなければい
けませんけれども。法曹を増やしちゃって競争になって首括らなければならないな
どと言われが、やはり、職域を広げることが必要で、だったら、公務員になれると、
国公立大学教授になれて週に1回事務所に行けるとか、そういう風にすると弁護士
の仕事も増えるわけですね。あとは、大学教授は実務知らないとかね、逆に理論知
らないのは弁護士ではないか、などとこんなつまらない争いをしないで垣根を低く
してどちらもできると、そういう風にしていくことが我々の方でもレベルアップす
るしね。いいことだと思うから法曹人口を増やして競争していくとこれが基本だと。
だけれどそれだけじゃなくて、そこから先、いろいろなことがある。
私もね、ちょっと参加させてもらっている民間司法改革、鈴木ヨシオという先生
が親分でやっているのがありまして、これは徹底したね市場改革論者ばかりでいる
もんですから、法曹人口ごそっと増やせと、もう何万人も増やせとか言っています
ね。本当にそれどうなの、と言われそうですが、とにかく人為的に制限しないで社
会が評価するところで納まればいいんだということで、高野先生と同じような意見
ですね。
寺田
どうもありがとうございました。司法制度、司法の周りが今どういう状態である
かというところ理解していただけたかと思います。ここで、個別的に隣接士業とし
てどのようにこの司法改革に取り組んでいるかという現状をお話いただきたいと思
います。それでは松永さんよろしくお願いいたします。
松永
賃金の請求であるとか、或いは解雇予告手当の請求であるとかこういうものにつ
いての簡易裁判所の訴訟代理権をほしいとのこういう要求のようであります。従い
まして、私にとりましては極めて競合する部分であります。ただ、私は競合する部
分でありますので非常に関心があると思うわけですね。そこで、私が司法書士の立
場で、何故簡裁代理権を必要とするか、ということをこれから申し上げていきたい
と思います。まぁ、そういう関係においてご自分の立場をいろいろ考えていただけ
れば幸いとこう思います。
欲を言いますと、私の立場から言うと、まず司法書士に簡裁代理権を与えてそれ
から社労士の問題という風に考えた方が事実としてはよいのかなあというようなこ
とも私は考えたわけですが、そんな感じも受けるわけです。そこで司法書士の裁判
所に対しての業務の本体というのは訴訟書類の作成する形式において本人訴訟を支
えるというのが任務であります。これは明治初年から130年間そういう訴訟制度
に奉仕してきた実績があるわけです。それはまさに歴史の通りであります。何故、
こう本人訴訟が日本に多いかということでありますが、これはやはり、私は弁護士
さんが少ないから本人訴訟が多いと、そいいうものではないと私は理解しておりま
す。それは何故かといいますと、民事訴訟の原則というのは本人訴訟を原則として
法律ができあがっている、設計されているということだろうと思います。もう一つ
は、私がずっと長い間やって感じたことは本人訴訟というものが高学歴社会になっ
て、自分の病気は自分の力で治すというのと同じことだと思います。ですから、自
分の紛争は自分自身の力で、自分の責任において、自己決定権において自分の紛争
を円満に解決していきたいという希望があるから私は本人訴訟が多い、と思います。
ですから、弁護士さんが増えたからといって、それでは本人訴訟が減るかといえば、
そういう風にはならないのではないかと私は理解しております。
これは現在、他の先生も発表していらっしゃいましたが、まぁ現実の問題は地裁
レベルにおいてでもですね、双方代理人、弁護士がついているのは40パーセント
ぐらいしかないんですね。これが簡易裁判所となりますと、これが原告被告ともに
双方弁護士がついているというのは2パーセントぐらいしかないということ、それ
が現実であります。そういうことで本人訴訟が多いということであります。
そこで私が見ているところでは、継続している事件の大方の半数くらいの事件は
本人訴訟でもって、書類の作成を完全なパーフェクトの書類を作成するまでにほと
んどその目的を果たせる、という案件が多いと私は実感しております。
私ども司法書士の任務というのは本人訴訟の支援であるということです。現実の
事務所においてはどういうことを感ずるかといいますと、先生、この事件は先生が
書類を作成してくれるけれども法廷には出られないの、という事件がある、そうい
う要求があるわけです。
たとえばこういうことです。いろいろな事情があって裁判所へは出られないとい
う方です。高齢であるとか、病気であるとか、勤めの事情とかでどうしても法廷に
出られないという方がいらっしゃる。しかし、その事件は高度な紛争がある事件か
といえばそうでもないわけです。そうかといって弁護士さんに頼むほどの事件でも
ないということであります。さりとてこれを放置してよいということではなく、や
はり、それは司法的救助を与えなければならない。そこに人権的救済が当然として
要求されるケースであるわけです。そういう事件がありますのでこういうことにつ
いても弁護士さんが参与してくれないのであれば、司法書類を作成してきている司
法書士に簡裁代理権を与えてもいいのではないか、まぁこれが要求の基礎である。
つまり、そういう実態があるということであります。
そこでそういう要求というのはですね、これはもう古い歴史がありまして、昭和
50年1月7日に、朝日新聞の今の「論壇」に、新潟大学の桜田教授が、もうだい
ぶ前の話でございますが、司法書士に簡裁代理権を、とこういう主張をされた。そ
の新聞が載った直後に当時の日弁連の事務総長である松井先生が、いや、それは弁
護士を増やせば解決することだ。司法書士に与えるのは無理だ。まぁこういう反論
をされたという歴史的な経過があるわけです。
その後、東海大学吉野教授も、『月報司法書士』という雑誌にですね、簡裁代理
権を条件付で与えてもいいのではないか、とこういうような意見がいろいろあって
現在の司法改革の中でそういう歴史的な司法書士の実績を評価して今簡裁代理権を
与えてもどうかという議論に到ったということであります。
ところが、日弁連の方はそれはまずかろう、とこういう結論であります。これは
どういうことかというと、日弁連の姿勢は今回の規制改革・緩和については司法書
士、弁理士、税理士に限って法律事務の取り扱いを部分的の認めると、こういうこ
とですね。司法書士、弁理士、税理士。社労士は入っていないわけです。限って部
分的に緩和してよいだろう、とこう主張しているわけです。そこで司法書士につい
ては簡裁代理権は認められないけれど、通常訴訟の補佐人はいいよ、ということで
あります。そして、補佐人の範囲の法律相談は認めてもよいだろう。しかし、示談
交渉権は認めるわけにはいかない、こういうことであります。今言ったようなこと
を認めるにしても条件がありますよ。条件は試験を実施して研修をする。こういう
見解であります。
まぁ、私どもは、日弁連に関しては、私どもは前に言ったように、補佐人という
のは、皆さんご存知のように法廷に出席して本人の陳述を補佐する制度であるわけ
です。ですから、本人の付添人みたいなものであるわけですね。本人が出頭しなけ
れば役には立たないわけです。私どもに社会的に要請されているものは、俺は法廷
に出られない事情があるから、軽易な事件だから司法書士に行ってくれよといって
いるわけです。そうしますと、日弁連のおっしゃっている主張では私どもの主張は
充足されないわけです。
そこで、弁護士、日弁連の理由としては、こういうことをおっしゃっております。
先程ある先生からもいろいろあったわけですが、まず司法書士になるための試験に
は憲法の科目がないんです。憲法の科目がないから人権感覚がないじゃないのとい
う疑問であります。私から申し上げれば、必ずしも憲法科目がなくても、私は憲法
感覚がないとは言えないと思う。私は法律実務家としての健全な良心があれば遂行
できるのではないか、とこう思っているわけです。
それからもう一つの反対論は自治権がないということです。要するに、弁護士さ
んの場合は完全な自治権があるだと。この完全自治権は世界唯一の完全自治権のよ
うであります。かえってそれを批判されていることもあるわけです。司法書士には
完全自治権はないけれど、自治権はある。私どもにも綱紀委員会、恐らく社労士の
中にもあると思いますが、綱紀委員会がありまして悪いことをしたやつはいろいろ
事情聴取をして懲戒にふす。懲戒は、最終的には法務局長が懲戒処分をするんです
が、会内においてそういう処置はあります。それから司法書士会の会長も、この司
法書士がどうもよからぬことをやっていることがわかれば、注意勧告権というのも
ですね法律に規定されているわけです。まぁそういうように、私は自治的機能もあ
りますから、これもかなりきちっと機能を果たしていくと思う。ですから、そんな
のおまえら自治権がないよといわれることもなかろうと、こういうように考えてお
るわけです。問題は、日弁連のおっしゃるのは、君たちは訴訟技術がないよと。こ
れは認めざるを得ない。確かに、一番最初に申し上げましたが、訴訟書類の作成に
関しましては、私は弁護士と同等かそれに近い同一な書類を作成しているといえる
と思います。
今東京会では盛んに裁判事務を中心とした研修をやっております。これはどうい
う研修をやっているかと申しますと、東京地裁の裁判官にきていただいて、それか
ら弁護士会の弁護士さんからきてもらったり、そういう集中的な書類の作成だとか、
法廷の模様、技術だとかそういうことを講義を受けてやっているわけですね。
ですから、この司法改革で簡裁代理権を認めよとなった場合、実際に実施されるの
は恐らく5年かそこら先だと思います。その5年の間にさらにその研修を重ねれば、
そういう訴訟技術に耐えられる司法書士ができるだろう。今の司法書士試験の合格
率は2パーセントから2.5パーセントです。ですから、民訴・民法をかなり勉強
しなければ受かりませんよ。もう択一試験は司法試験と同じ位の問題になっており
ますからね。ですから、私はその点もクリアーできるだろうと思います。
もう一つは、司法書士は簡裁代理権、簡裁代理権といっておりますけれども、司
法書士の基本は、あくまで私個人の見解ではですね、あくまで本人訴訟の支援が司
法書士の基軸であると理解しております。簡裁代理権を法律上仮に認められたとし
てでもですよ、特別な賃料不払いによる訴訟事件、或いはこれを前提とする保全事
件であるとか、或いは被告が欠席するであろうと予測される事件とか、或いは軽微
な事件これが簡裁事件のほとんどであります。ですからそういう被告が欠席する事
件などというのはこれはもう自白とみなされるわけですから、直ちに次回判決であ
ります。そういうことでありますから、いってみればハイレベルな弁護士さんを頼
む必要は全くないということであります。ですから低廉な司法書士の報酬をもって
そういうことが目的を果たせるのであればまさに私は公共のためになるだろうとこ
う確信しておるわけです。そういうことから私は考えますと、司法書士に簡裁代理
権を与えてもそう弊害はなかろうこう思っております。ですから、今の司法書士は
一生懸命勉強しておるところであります。
まぁ、とりあえずこの位にして、また後、一つ申し上げたいことがございます。
寺田
どうもありがとうございました。社会保険労務士には耳が痛い話が続きましたけ
れども。果たして、簡易裁判所においてそれだけ高度な技術が本当に必要なのかど
うか。これから研修とかで勉強する必要はあると思うんですけれども。本当にそこ
まで必要なのかどうかちょっと疑問が残るんですけれども。ここのところアドバイ
ザーの河野会長にお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
河野
簡裁の訴訟は本人が行うのが建前であって、弁護士がやりたがらない。なぜやら
ないのか?その理由は、主に弁護士の報酬は訴訟額によって決まるためであり、少
額の訴訟を弁護士は避ける傾向にあるからです。
それでは誰が簡裁での本人訴訟を支えるのでしょうか?そこで松永さんが言われ
るとおり、「隣接士業にその法的専門分野で訴訟代理権を付与せよ」という議論に
なってくるわけです。業務の独占を行うのであれば、当然に業務を遂行する義務も
負うべきである。こうした当たり前のことすらできないようでは訴訟代理権を弁護
士の完全な独占業務とすべきではないでしょう。その代わりといったらなんですが、
社会保険労務士の業務についていえば、書類の作成や届出の代行といった1,2号業
務などは他士業に開放されなければなりません。「垣根を低くし、誰にでもできる
ことは業務独占しない」これが規制改革の鉄則です。
さきほどらい弁護士法第72条と、訴訟代理権に関する議論がされていますが、
社労士が精通する専門法分野である労働社会保険諸法令にかかる紛争は、現実問題
として後が絶えません。規制緩和による自己責任の原則が徹底される時代が来れば、
リストラ、労働災害、セクハラや過労死、そして年金の裁定や健康保険の給付に関
すること等、今後もこの分野に起因した紛争の増加は避けられないでしょう。そう
したとき、誰が親身に相談に乗り、国民をしっかりサポートできるのかを討議する
ことも司法改革の重要な論点の一つであると考えます。
現に、東京簡易裁判所における平成10年、1年間における少額訴訟の新受件数
1417件のうち13.3%に当たる200件弱が労働社会保険関係事件であったといわれ、
全国では少なくない数の労働社会保険関係事件があるものと推察されます。
一方、簡易裁判所における弁護士の訴訟受任率は非常に低く、平成9年度、平成
10年度とも10%弱であり、特に東京簡易裁判所で提起された少額訴訟事件にお
いては、平成10年には6.9%、平成11年には4.6%でありました。
したがって簡易裁判所においては90%強の訴訟事件が本人訴訟となっている計
算となります。
このような状況でありながらも弁護士法第72条の規定により、弁護士以外の社
会保険労務士ほか隣接士業者は、業としてこれらの法律事務を取り扱うことが禁じ
られています。しかし、弁護士法が制定された昭和24年当時は、他に適当な資格を
持つ者がいなかったということもあり、国民の利益を守るという観点から、このよ
うな規定が設けられたのであります。しかし、その後社会のしくみは高度・複雑化
し、労働・社会保険制度も専門家が必要となったため、社会保険労務士制度も創設
されました。憲法を頂点としたピラミッドの下、同列の法律の中に社会保険労務士
法と弁護士法が存在し、相互の間に上下関係はないはずです。
なお現在弁護士業務の一部開放を検討している司法改革審議会の動きは、現行の
弁護士制度に不備が目立ち、国民の利便性に反することが明らかになってきたから
なのです。主な論点に次のような内容が挙げられます。
最初に、弁護士の数が不足しており、国民が裁判を受ける機会を逸している問題
であります。解決策として、弁護士の数を増やす。具体的には司法試験の合格者を、
少なくとも現在の1,000人から1,500人、そして3,000人とすることが議論されてい
ます。さらに法曹界一元を前提にした3,000人案も提出されています。しかし仮に
これらの法曹資格の取得者すべてが弁護士になるとしても、年間で3,000人で10年
で3万人であり、現在の15,000人がそのまま活動しているものと仮定しても合わせ
て4万5,000人でしかありません。
これでは全国平均で国民7,500人あたりに1人である弁護士がせいぜい2,000人
に1人になる程度であり、欧米の700人に1人とか900人に1人という割合になるには
一体何年の歳月を費やすことになるでしょう。
弁護士の数が多くなるといっても、このようにたかが知れているのです。ここ数
年の間に弁護士の数が十分となり、隣接士業の手を借りずに、国民のニーズに十分
応え、簡易裁判所での訴訟を追行するようになるとは到底考えられません。
2番目に弁護士の法的専門性の問題であります。
弁護士は全ての法律について造詣が深いわけではなく、むしろ得意分野は限られ
ているので、複雑化した社会の問題解決要請に応えるには絶対的に間に合いません。
例えば、社会保険労務士の専門分野である、労働関係諸法令に精通している弁護
士は全国でも余り多くないと聞きます。それ故に、特別法である労働基準法の規定
に気づかず、何でも一般法である民法の規定に拠って問題を処理する弁護士も少な
くないでしょう。これでは司法制度が十分に活用されているとはいえないでしょう。
具体例をあげると、労働基準法第19条では、労働者が業務上災害で負った負傷
等の療養のため休業している場合には、その休業期間中及びその後30日間の解雇
を制限しています。この規定にもかかわらず、私の顧客の顧問弁護士は、この休業
期間中に解雇を通告する内容証明郵便を送るよう指導するといったことがありまし
た。もちろんこれは打ち切り補償を支払うなどの例外的な事情があったものではあ
りません。実際、こうした事例はよく見受けられるようです。やはり「餅は餅屋」
というように、特定の法律についてはその専門家である法律家に委ねるべきなので
す。
3番目に弁護士会には自治権があり、独立性・自主性があるとはいうものの、バ
ブル経済の崩壊以降、弁護士の引き起こす不祥事は目に余るものがあります。「整
理屋」となり、多重債務に苦しむ人を食い物にする弁護士も、今ではとりたてて珍
しいものではなくなりました。ここ数年来、金絡みの犯罪を犯し、実刑判決を受け
る弁護士が急増しています。
高野さんのように国民的見地から公正に考えておられる弁護士もあるが、残念な
がら社会正義・人権を標榜する日本弁護士連合会にして実態はこうなのです。元特
捜官河上和雄氏も指摘する通り、暴力団を除いて毎年これほどの逮捕者を出す組織
は他にないでしょう。弁護士会の機関紙「自由と正義」には、毎号10ページにも
わたって懲戒処分者の発表があります。それだけ自浄能力が高いという見方もでき
ますが、やはりこれだけ不祥事が多いと安心して弁護士に仕事を依頼することはで
きないということにつながりませんか?綱紀粛正は言うまでもなく、弁護士個々の
資質も問われ出しているのです。この辺の裏話は、弁護士やまぐちひろし山口宏氏
の著書、「裁判の秘密」や「司法腐敗」にも詳細に書かれています。
さて冒頭にも申しましたが、民事訴訟の建て前は本人訴訟であり、本人が「自分で
もできる」というところから、その本人の意思で「誰にでも」訴訟を委任することがで
きるはずであるとの議論がされているわけです。しかし現行法下、本人が他人の
「誰にでも」訴追行為を委任できるわけではなく、その他の他人は、必ず、弁護士
でなければならないという弁護士代理の原則が採られています。その原則の二本柱
は「依頼者本人の保護の要請」と「訴訟の円滑な運営を可能にするという要請」で
あり、隣接士業の訴訟代理付与の条件として、これらの要請に応えられるかどうか
が焦点とされているのです。
これまで私が指摘した問題点から照らして述べた弁護士の数及び専門性といった
観点で、弁護士がこれらの要請特に前者の「依頼者本人の保護の要請」に十分応え
られていない事実を勘案すると、弁護士代理の原則をことさら重視して隣接士業の
訴訟代理付与の基準とするのはいかがなものか、という疑念が生じます。反対に隣
接士業者は「訴訟の円滑な運営を可能にするという要請」には未熟であったとして
も、「依頼者本人の保護の要請」には十分応えられる、ということになるからです。
この「訴訟の円滑な運営を可能にするという要請」にあっても、今後の研修の充実
や経験を重ねることにより改善の余地はいくらでもありましょう。
加えてここで考えてみたいのは、簡易裁判所における当初の目的であります。そ
の使命は「地域の住民のための日常事件を扱う裁判所」として、通常の地方裁判所
とは異なった独自の機能を持たせるはずだったのではなかったのではないでしょう
か?
つまり本人が簡単に、極端にいえば気軽に、日常事件を提訴できるのがその設置
目的であったのです。それがいつしか小型の地方裁判所と化してしまっており、こ
こでの扱いが本人の手に負えないような複雑な手続きを前提とするならば、即刻こ
れを軌道修正しないと、国民の利便性にかなう存在であるとは言えません。本来、
簡裁事件は弁護士がいなくても行うことができるのです。弁護士がいなくても裁判
官はちゃんと国民を相手にしてくれるのです。しかし多くの人は法律を知らないと
裁判が戦えないと思っているようですがそれは間違いです。裁判官が法律を知って
いるから、こちらが法律を熟知していなくてもかまわないのです。このような話も
聞きました。簡裁における金銭消費貸借事件で、一方の当事者が弁護士をつけずに
裁判に臨みました。裁判官がこの人に弁護士をつけるようすすめると、弁護士を雇
う金がないという理由でこの人はこれを拒否し、審理が始まりました。しかし、こ
の人は訴訟の進め方は全くの素人であったため、しばしば裁判官が説明をしなけれ
ばなりません。そのうちとうとう裁判官はやっていられなくなり、相手方の弁護士
に和解をするよう圧力をかけたとのことです。このようなケースはしばしば起こっ
ており、簡裁における訴訟で弁護士に訴訟代理を依頼することの意味が失われつつ
あるといえるのでしょうか。
このような認識のもと、さらには裁判を起こすのは自分か弁護士二者択一でしか
ない現状で、簡裁事件における本人訴訟が9割以上を示すデーター及び小額訴訟を
弁護士が敬遠する実態を考慮すると、この数倍の法律事件が専門家の判断を受けず
に放置されていることが懸念されます。これでは簡裁が国民のニーズに応えている
とは言いがたい実態であります。
このように国民の司法アクセスといった見地から、現状に問題があるのです。そ
れゆえの司法制度改革なのではなかったのでしょうか?
弁護士不在の簡裁代理に、隣接士業の活用も視野にはいってはいるものの、司法
改革審議会や弁護士会は、当初から弁護士と同程度等の訴訟技術を要求し、厳格な
資格試験と高度な研修を修了した隣接士業者のみに付与を限定しようとしています。
しかしながら裁判や法律には素人の一般市民を参加させる、参審制・陪審制が討議
される同じ司法改革で、なぜ片や本人訴訟が原則の簡裁訴訟の代理のみ、ハードル
を高くするのか理解に苦しみます。国民の利便性とは何をして言うのでしょうか。
根本にたちかえっていただきたい。
改革をする時、当初にデメリットはつき物であります。ここでは隣接士業者の訴
訟技術の未熟さをさしますが、現状に不都合があるのだから改革するのであって、
軌道に乗った将来の展望を踏まえ、最初のデメリットが総体的にプラスに転じるの
ならば、介護保険法の導入よろしく英断を持って改革を推進すべきでありましょう。
以上のことから、裁判、弁護士の実態を踏まえ、国民的見地から弁護士法第72
条の緩和をすることで、簡裁事件に専門隣接士業の代理という選択肢を加えるのが
ベストだと考えられます。
寺田
ありがとうございました。社労士が主張している立場が非常によくわかったお話
だったと思います。次にですね、税理士の倉林さんよろしくお願いいたします。
倉林
私たちの税理士はですね今回の司法改革、今回というよりも当面ですが、先程少
し申し上げたように税理士法の改正の要望を日税連から国税庁に出しておりまして、
これが13年の国会を一応考えておる。その中で要望しておりますのは出廷陳述権。
今いろいろお話になっております簡裁代理権というのではないのですが、税務訴訟
そのものが行政訴訟ということもありまして、従来昭和41年頃から税理士にも訴
訟代理権を与えるべきだという主張をずっとしてきたのです。
ここ10年程ですね、先程からお話が出ていますように、制度的な担保・保証が
ない中で少なくとも当面納税者の権利を擁護するために、現実的な路線と申しまし
ょうか出廷陳述権の要望に変えてきている背景があります。
で、今回の要求についていろいろお話があったわけですけれども、規制改革の流
れからのアプローチとかですね、それから司法改革からの考え方、これは社労士さ
んと司法書士さん、税理士と大きく異なることはないのだろうと思うんですが、
一つ、税理士法、税理士独自の要求と申しますか……アプローチの問題がありまし
て、それも突き詰めていけば同じ問題かもしれないのですが、もともと税理士は行
政不服については代理権を有しておりまして、それがまあ行政訴訟に移ったときに
何故代理ができないんだと納税者の代理という形でその不服申立てを行ってきた税
理士に代理権を与えるべきだとずっときていたんですけれども、先程申し上げたよ
うに今では出廷陳述権ということに変えております。
それに税務訴訟についてですね、ちょっと不公平な状況があるというのがですね、
行政側の代理人は法務省の訴務官とか国税庁の訴務官が出てくるんですが、法務省
の訴務官というのは裁判所の判事が向こうに出向しているとかですね、国税庁の代
理人というのは、国税でそういうことを専門でずっとやってきた方がたが出てくる。
それに対して納税者側、原告側はですね税法に詳しくない納税者と必ずしも全員が
税法を熟知しているとは言いがたい弁護士さんがいって闘ってくるという、こうい
うことなのでそれに対して税理士が積極的に関与できるようにと、当然裁判所の外
ではいろいろとお手伝いしているわけですが、そういうことで、裁判所の許可を得
ずに出廷をして陳述できるようにすべきだろうというのが今回の主張になっていま
す。
実際には多分大蔵省主税局で法文の作業をやっておりますので、13年の国会に
出てくると思いますが、政治のことですから何があってどうひっくり返るかわかり
ませんので実際に出てきて中身にどういう条文が出てくるか見てみないとわからな
いことではありますけれども。一つにその出廷陳述権についても司法審の中間答申
ではそう細かく書かないだろうなという感触もありますので、結果は最終答申の終
わった後来年の7月以降になるのかなということもあって、必ずしも13年通常国
会で出るかわかりません。一応そんなことで日税連としては国税庁・大蔵省に要望
書を提出しているという状況であります。
寺田
どうもありがとうございました。では、ここで社会保険労務士の岩根さんに、司
法改革における社会保険労務士の取り組みと現状についてお話いただきたいと思い
ます。
岩根
ではまずこの場で私の方から、現在における社会保険労務士の一連の司法制度改
革に対する取り組みの現状と、この取り組みの中において、簡易裁判所における訴
訟代理権を求める必要性とその求めることの合理性について検証していきたいと思
います。
まず、社会保険労務士の取り組みについての現状ですが、これは社会保険労務士
だけではなく、恐らく司法書士さん、税理士さんも同じではないかと思われるので
すけれども、これらの運動に対する取り組み方、内部で結構な温度差があります。
つまり、こうした簡易裁判所における訴訟代理権など不要なのではないかという消
極的な意見が少なからず聞かれるということです。
先程高野さんからのお話にもありました通り実際我々社会保険労務士は試験制度
においてもその後の研修制度においても訴訟技術というものを学んでいないわけで
すから、当然そういった不安は考えられると思います。ですから外部の方から
見れば、社会保険労務士に任せて大丈夫なのか、社会保険労務士の中でもそういっ
たことを自分で活用できるのか疑問は当然あるかと思いますが、しかし、やはり平
成10年の法改正で社会保険労務士の不服申立ての代理権が付与されることになっ
たその前の時点におきましても、当初社会保険労務士には不服申立ての代理権は不
要だというような意見も聞かれましたが、法改正があって2年経ちますけれども、
実際にそれをどんどん活用されている社労士さんも多いという事実もあります。
ですから、そういった消極的な考え方に傾く気持ちもわからなくはないのですけれ
ども、ここは一つ前向きに取り組んでいかれたらいいのではないかと思います。
その次に、社労士会の全体的な取り組みについてなんですけれども、ここが大き
く司法書士さん、税理士さんと違うところは、社会保険労務士を統率していくべき、
まあ連合会ですね。こちらの取り組み方が他士業に比べて、まあはっきりいってし
まいますとあまり熱心ではない。そうしたことから社会保険労務士は完全に出遅れ
ております。で実際昨年の規制改革委員会の政府調査委員会からもはっきり社会保
険労務士は他士業に比べて取り組みにあまり熱意が感じられないということを指摘
されています。
そういったことから、我々青労会の方でも連合会を突き動かして何とか挽回しよ
うとしているのが現状でございます。
こういった規制改革関連に取り組むにあたって、こういった組織的な問題という
ものはそれはそれで改善しなければならないのですけれども、この場はちょっとお
いとかせていただきます。で、今現在の状況を申し上げますと、日経連が9月26
日に司法制度改革審議会の方に提出した意見書の中では社会保険労務士にこういう
新しい権限を入れて事業の健全な発達に寄与させるべきだということが記載されて
おりました。そうしたところで我々の取り組みについては着実に身を結びつつある
ということでちょっと嬉しくなっております。
次に、我々の方で取り組んでおります簡易訴訟代理権の付与ですとか労働争議介
入禁止条項の撤廃などにつきまして、基本的に今後個別的な労使紛争が増加すると
いうのが前提にあります。あの、先程孫田さんがおっしゃいましたように、労働争
議の発生率自体は若干低下しているといいます。実際、労働組合の組織率自身が下
がっているんですけれどもその代わりとしまして、本来個別的な紛争であるはずの
ものが、自分の会社に労組がないなどで地域の労組に加入し、実態は個別的な労使
紛争でありながら、形式的には集団的労使紛争の形をとる。こうなってしまいます
と、現行の社労士法23条がある以上は社労士の介入がそれ以上できないことにな
ってしまいます。そうしますと、顧問社労士でありましたらその事業場の実態をよ
く知っています。
この社労士が労使の間に立って、円滑な調整を行っていたところ、偶々集団争議
に発展したからということで、関与が全く無駄になってしまう双方にとってもあの
不利益であります。極端な言い方をすれば国家的な損失といえるかもしれません。
そうしたところで社会保険労務士が専門的知識、経験等を活かしてそういった社会
的ロスを未然に防止する、そういったことから社会保険労務士の労働争議に対する
必要性は考えられると思います。次に簡易訴訟代理権のことにつきましてですが、
やはりここで我々が主張しております簡裁における訴訟代理権も基本的には民事を
想定しております。やはりこういう民事訴訟につきましては本人訴訟が前提であり
ますが、平成12年に行われた労働省の個別的労使紛争問題検討会議の中で出され
たデータでちょっと興味深いものがあります。職場の中でちょっとしたトラブルが
起こった際、解決策が見つからない場合労使ともに7割を超える割合で、職安なり
労基署なりその他の第三者に相談を求めているといった実態があります。そのトラ
ブルというのがやや複雑になってきたときこれを訴訟に移すかとなりますと、労働
者の側で15.3パーセント使用者の側で17.1パーセントいうふうに極端に下
がっています。何故こういう数字になるかといいますといろいろな理由はあるので
すけれど、我々が普段顧問先から関与している状況から考えますに、やはり裁判所
に訴えるためには基本的に誰かに支援を求めなければならない。但し、弁護士さん
では現状敷居が高い。ですが、今の法体系ですと弁護士さん以外は業として訴訟代
理することはできませんから、そこで諦めてしまうと言う割合が大きいのではない
かと考えています。そこで労働社会保険諸法令に関する問題に限っていいますと、
我々社会保険労務士はその他のどの士業よりも造詣が深いものと自負しております。
そういったところで社会保険労務士の専門的能力を活かすことが必要なことではな
いかと思います。
やはり、訴訟代理権を求めるにあたってはそれだけの担保が求められます。繰り
返しになりますが、社会保険労務士はこれまで訴訟技術というものをしっかりと学
んでいません。実際、簡裁においてその9割以上本人が訴訟を遂行している現実を
見ますと、簡裁における訴訟技術に限っていえばそれほど難しいものではないので
はないかと考えています。但し、最低限の研修等は必要ですので、今後我々は訴訟
代理権の付与等を求めていく中でそれはある程度現実味を帯びてくるようになった
ら、又は……現実を帯びてくるようになったらではちょっと遅いのかもしれません
けれど当然そういうことを前提に我々の方でも具体的な訴訟技術を学ぶための研修、
やはり、必要に応じて、憲法、民法、民事訴訟法そういったことも我々が自発的に
学んでいく姿勢をとらなければならないのではないかと考えています。以上です。
寺田
どうもありがとうございました。
本来ですとここでフリースタイルという形で皆さんに自由な形で時間を30分程
度考えていたのですが、時間が押しておりますので、ここで10分程度そういった
お話をさせていただければと思います。それでは今のお話をお聞きになりまして、
孫田さんに最初お話をお聞きしたいと思います。
孫田
途中で気がついたことを申し上げます。それは、裁判、今の日本の司法制度を前
提としての裁判の立場でいろいろなことを議論することが、果たして労使関係にと
って最善の道かどうかということを今一生懸命考えたわけであります。
労働裁判という言葉を使っていいかどうかわかりませんが、これは何か従来の司
法制度とは何か別な第三の道のようなものを主張できないかだろうか。別の言い方
をしますと、先程人を活かすための労使関係の処理というのは、裁判官だったら弁
護士さんだったら、白か黒か決着をつければおしまいだけれども、人間の問題はそ
れじゃさようなら、で済むわけには行かない。特に現代の高度技術の時代において
は皆宝物なのですよ。一人一人が、それぞれ皆役職が違っているけれども非常に大
事な存在なんでしょ。それを卑しめますというといろんな事故が起きるわけであり
ます。
この間の雪印だってそうですけれども、パイプを洗う人が馬鹿にされていたら、
一日や二日さぼりたくなるのは当然でありましょう。日本経済というのはそういう
底辺が高いところにあってうまく運営しているのであります。そういう観点から労
働裁判というものは普通の権利義務とはちょっと違った持ち味があっていいんでは
ないか。先程岩根さんから紹介されました、新しい個別紛争を処理するための組織
をどうするかというところにいろんな意見を労政局法規課が事務局になってまとめ
ておりますけれども、その中に二つか三つの道を作っといてその一つがプライベー
トな機関、たとえば社労士がやっているところのその労使紛争処理機関もあってい
いし、それから法律的に、純法律的にやるような、ちょうど今労働委員会でいうな
らば審査部門でありますけれども、そういうことがあってもいいし、多様な解決の
仕方を考える。そんなことを新しい21世紀の労使関係で提言すべきではあるまい
かとこんなことを考えました。
寺田
どうもありがとうございました。ADRの関係でお話いただいたかと思います。
では、72条の関係が中心であったんですけれども、高野さんその点でいかがでし
ょうか。
高野
簡裁に係属している事件といってもいろんなタイプがあると思うんですね。いわ
ゆる、小額訴訟事件のように、アメリカのようにスモ−ルクレームコートというも
のがありますけれども、それはもう本人訴訟が全く当然の前提になっていて、本人
が裁判所に言ってその場で双方が証人を連れてきてその場で証拠を出してその場で
裁判官が判断する。裁判官の判断も厳密な民事訴訟法のような法律論だけじゃなく
て仲裁判断的なものも入っている。日本の小額訴訟事件でもそういう仲裁的な部分
が判断できるようになっていると思うんですけれども、そういう事件も確かにある。
しかし、そうじゃなくて、単に訴額が小さいだけでオーソドックスな訴訟としか言
いようがないものもあるわけです。たとえば、境界の争いであるとか。あと、私が
今簡裁でやっている事件はまさに皆さんと関係あるかもしれませんけれども求人票
の記載の法的な意味をめぐってやっている事件です。訴額は35000円です。弁
護士費用はすでに百万円を超えています。和解の余地は全くない。そういうような
ものもあるわけです。
で、やはりその、私がちょっと申し上げた訴訟技術ということですけれども、オ
ーソドックスな事件では訴訟技術というものを、簡裁だから素人でもできるんだと
いう風にあんまり甘く考えてはいただきたくないなという風に思います。ちょっと
本の宣伝ですけれど、私のプロフィールの中にキース・エバンス『弁護のゴールデ
ンルール』という私の翻訳書ですけれども。イギリスのバリスターがロースクール
の学生向けに書いたその尋問技術であるとか、弁論技術の本です。これは、お読み
になればわかると思いますが、人間諸科学を踏まえた上でどういう弁論をするか、
どういう証拠を出すかということを専門的に何年間も学ばなければ一定のレベルに
は達しないということがいえると思うんですね。
先程河野さんが、参審制だとか陪審制だとかいって素人の司法への参加を議論し
ているのだからー技術の専門性などというのはむしろ逆行している、とおっしゃい
ましたけれども、それはちょっとおかしいのでありまして、陪審裁判或いは参審裁
判でもですね事実認定に素人が参加するのであって、当事者を代理して弁論したり
尋問したりするのはプロなんですね。陪審制のイギリスで法廷で弁論できるのはあ
の羊の毛のかつらをかぶったバリスターだけなんです。他の人は誰も弁論なんてで
きないんです。そういうように、その、やはり、簡裁代理権に私はけっして反対で
はありませんけれども、訴訟技術、法廷技術というものをあまり軽く見てはほしく
はないなと、そんな感想を持ちました。
寺田
今アドバイザーの意見に反論が出たんですけれども、ここでちょっとアドバイザ
ーの方に返したいと思います。
河野
たしかに高野さんのおっしゃるとおりで、簡裁事件の小額云々というお話があり
ました。しかし、隣接士業者が求めているのはそうではなくて、解り易く言えば、
たとえば腕をちょっと擦りむいたとき、いちいち医者に行きません。医者に行くの
は、お腹に盲腸ができたりする、これは行かなければなりませんよ。こういった事
なんです。そこの判断は我々は分かっています。
もっと分かり易く言うと、子供が校庭で怪我をしたとき子供は子供なりに、ああ
この程度なら保健室に行く必要がないなと思うでしょう。逆に、かなり血が出てい
れば、これは保健室に行き治療してもらう。ところが保健室の先生も、これはかな
り傷がひどいなとなれば、救急車を呼びますよね。このように、自分で何とかなる
ものは自ら処理し、自分の手に負えないものであれば然るべき者に委ねる。私が申
し上げているのはこのようなことなので、理解していただきたいと思います。
寺田
補足ということでありました。それでは、これで最後になってしまうと思うので
すけれども、先程、松永さんがあとで何かおっしゃりたいことがあるとのことでし
たので、ここでお願いいたします。
松永
私は、昭和53年に司法書士法の大改正があったときに、それにも非常に関与し
てきたわけです。それで、法律の改正というものは何が大事かというとやっぱり実
績ですね。どういう実績を持っているかということと、実績を証拠で証明するとい
うことだと思います。だから、社労士の皆さんもこの機会にそういうことをきちっ
と論証して証明することじゃなかろうかと思います。
先程、簡裁事件のことを弁護士の高野さんがおっしゃっていましたけれども、実
際今の小額訴訟にしても、簡易裁判所は90万円以下です。小額訴訟は30万円以
下でありますけれど。しかし、その事件であってもですね、基本となるのは口頭弁
論ということになっているけれども、基本は書類なんですね。パーフェクトな書類
を作らなければ訴訟は進まないということです。私ども司法書士はその訴訟中心の
訴訟主義の中で書類の作成を果たしてきたという実績があるわけです。そのへんを
まあ、理解しもらいたいなあと思うわけですよ。
それでお話は、東京簡裁の小額訴訟の例をちょっと調べてみました。そうします
と、平成10年11年と先程も河野さんがおっしゃっていましたけれども一番多い
のは敷金返還請求事件です。これは今ね、借家問題が、事情が変更してまいりまし
た。そのために敷金返還事件が非常に多いということ、二番目に多いのは賃金請求
です。これが皆さんの問題です。三番目に多いのは、解雇予告手当の請求事件です。
四番目が売買代金だということではあるわけであります。
だけれども、司法書士も、本当に社会的にプラスになるのかどうなのか考えます
と、司法書士が訴訟代理人になってくると、その訴訟代理人の報酬が嵩むわけです、
消費者にとっては。そこで消費者にとってそういう調和点が成立するのかどうなの
かということも考えておるわけです。たとえば、今の小額訴訟ですと、30万円で
すから、これはもともと代理人がつけない事件ですよ。法律は、代理人を不要とす
るために設計されている、条文が。そういう風にできているんです。簡裁事件もそ
れに近い特則があるわけですね。ですから、私は報酬のところを考えると社労士の
皆さんが代理権を取って本当に社会的にマッチするのかなという気がするわけです。
もう一回精査されてもいいのじゃないかと思います。ですから、予防司法に徹する
ということは最も素晴らしいのじゃないのかなあ、と私は恐縮ではありますがそん
な印象を受けました。印象でございます。失礼しました。
寺田
どうもありがとうございました。皆様にまだまだお話を伺いたいところですけれ
ども、先程来から申し上げております通り時間が圧しておりまして非常に焦ってお
ります。先程来から、阿部さん、高野さん、とにかく簡易裁判所において訴訟代理
を行うにあたりましては、憲法が大事だというお話特にされておられました。法律
の頂点である憲法。ここの部分について、アドバイザーの河野会長が月刊社会保険
労務士に論文として発表されております。そういった観点から、ちょっとお話を聞
いてみたいと思います。
河野
私はかつて社労士会の機関誌に「憲法と社会保険労務士」と題し、憲法の根幹は
第13条であり、その他の規定はこの条文が意図するところの幸福追求権を実現す
るために存在するといったセオリーを展開しました。
ここでその条文を確認しておきましょう。
憲法第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命・自由及び幸福追求に対する国民の
権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊
重を必要とする。
この条文の存在意義は、立法その他の国政の上で、「生命、自由及び幸福追求に
対する国民の権利」が最大の尊重を受けるのだということをはっきりさせておく必
要があるためだと考えられます。
それでは、何故私がこの権利を最も重要であると認識しているかというと、この
権利こそが憲法全体の究極の課題であると理解できるからなのです。
例えば、第9条で戦争の放棄が記され、これをもって日本国憲法を平和憲法であ
るとされています。しかし、なぜ戦争の放棄が必要なのかということを突き詰めて
考えてみましょう。それは、戦争の惨禍が我々の「幸福」を奪ってしまうからだと
考えられませんか?つまり、第9条は第13条を実現するために存在するという見方
もできるのです。
また、権力が集中するとどうしても権力者が横暴になり、国民の「幸福」を奪っ
てしまうことになる。これを防ぐために司法・行政・立法を分けた「三権分立」の
考え方が発生したのです。
これもやはり、第13条を保障する役割を担っているわけであります。
このように、憲法のあらゆる規定は突き詰めてみると、全て国民の「幸福」を保
障するために設けられたものだということができるでしょう。私が第13条こそが憲
法の根幹だと考える理由はここにあります。
幸福追求権やその他の基本的人権を保護する憲法が最高法規だと考えるのが「法
の支配」の思想であります。もともと、専制君主による恣意的・専断的権力による
支配を排除し、国民の幸福追求権等を保障しようとする思想であったのです、現代
では専制君主を国家権力あるいは行政府に置き換えればそのままあてはまります。
恣意的・専断的権力による支配を排除するためには、「適正な手続き」(第31条)
が必要となります。また、裁判所に「違憲審査権」(第81条)を認めて、立法や行
政が憲法に違反しているか否かを常にチェックできる体制が採られています。
これらが有効に機能してはじめて「法の支配」が完成することとなるのです。
したがってこの適正な手続きを実現するために、我々社労士等の法律家が存在し
ているわけです。特に社労士は、憲法第25条で規定する「生存権」に直接関わる士
業であるといえましょう。憲法の趣旨に反する行政処分が為された場合などには、
手続きに疎い国民、つまり顧客等を代理して我々が適正な手続きを実現し、違憲状
態を是正する使命を全うしなければならないのです。今後規制改革が進み、一層国
民の自己責任が求められるようになれば、国民はより我々の手助けを必要とするよ
うになるため、この使命は非常に重要なものとの認識しなければなりません。
またこの使命を考える時、平成10年の社労士法一部改正により、「代理権」の
一部拡大が認められたということも極めて当たり前のことであったといえましょう。
むしろ法改正は遅すぎたくらいです。この代理権とは、皆さんよく御存知の「審査
請求の代理権」のことです。
しかし、この「代理権」を単なる行政からの「恩恵」と考えるか、それとも「法
の支配」から国民がその権利を実現するために必然的に伴う社労士の「固有の権利」
だと考えるかについては、民主主義をいかに考えるかということに直結する極めて
重要な問題であります。憲法第31条の「適正手続き」の実現には、社会保険労務士
に権利擁護の使命と役割が期待され、またその責任を負う必要があるものと信じて
やみません。社会保険労務士の持つ代理権については後者の考え方ができるといっ
てよいのです。
このように国民の権利実現のためには代理制度は不可欠であり、これを認めない
とするのは「法の支配」という考えに対する著しい認識不足だと言わざるを得ませ
ん。社労士の使命・役割から照らしてみても、当然に代理人としてかかる事案に社
労士も関与できるはずであり、またしなければならないのである。
法律知識が十分でない者同士が争ってみても、また、完全な外部者である行政の
実務担当者が援助を行ったところで本当に解決するものではないのです。少なくと
も、国民生活に密着した社労士の代理は認められるべきものであるはずです。さも
なくば、事件屋の介入を招く余地をつくることとなり、結局国民の利便性と相反す
る結果となるおそれがあるでしょう。
社労士に付与された代理権は、国民の権利を擁護するためのものであります。
従って、この代理権は憲法の根拠に基づくものであり、憲法に劣後する法律によっ
てその原理を不当に曲げられてはならないのです。代理権の本質は国民の幸福追求
権を実現するための道具であり、国家権力がこの道具を国民から取り上げることは
明らかな違憲行為であるといえましょう。
そこで我々は次の3点について、主張しています。
まず、少なくとも簡易裁判処レベルでは、社会保険労務士に訴訟代理権を付与す
ることです。
自己責任が問われる社会が到来すれば、労働・社会保険諸法令に関しても、訴訟
件数の増大が予測されます。そうなれば当然、訴訟以前の段階における社会保険労
務士の役割をも、増大するわけです。
その場合、この段階での解決プロセスを訴訟に移った時点で寸断することは、膨
大な時間と手間を無駄にすることになりかねません。一方、事件発生から訴訟に至
るまでの経緯を把握している者が訴訟の当事者となれば、仮に訴訟技術は弁護士よ
り劣ったとしても、事実認定は容易に行われることでしょう
したがって労働・社会保険諸法令に関する問題については、専門家である社会保
険労務士が、最初から最後まで一貫して処理にあたるのが、国民にとって最も迅速
・妥当な解決を期待できるということになるわけです。
2番目に、社労士法第23条の労働争議不介入条項撤廃に関しても、早急に行わ
れるべきであるという主張をしています。これについては、平成10年4月1日に
開かれた第142回衆蔑院労働委員会の場で、森英委員の発言要旨を次にご紹介
しましょう。
「社会保険労務士法第23条が定める労働争議への介入禁止につきましては、お
よそ開業している社会保険労務士としての身分を有する者であれば、業務外に行う
場合も含めて、労働争議に一切介入してはならないとするものでありまして、これ
は余りに厳格過ぎ、また今日的な状況にそぐわないという見方もできると思います。
すなわち、第一には、社会保険労務士法の制定時においては、当時の労働事情な
どからこのような原則が定められることはやむを得ないものがあったけれども、そ
の後、労使関係の状況も変化しているのではないか、また社会保険労務士制度に対
する社会的信頼も高まっているのではないかということを考えます。
第二に、争議行為が生じた場合に、社会保険労務士が企業の労働条件の改善など
に向けての継続的な努力を中断せざるを得ないというのでは、かえって問題の円満
な解決を遅延させるおそれがあるのではないかということも考えられます」と 。
とりもなおさずこの発言の主旨は、「国民の利益のためには社会保険労務士が不
必要な規制に縛られていてはならない」ということなのです。
3番目は「労使紛争処理機関を創設するにあたり、社労士を適正なポジションに
配置すること」でありますが、これもこれまで述べてまいりました理由により、皆
さんには御理解いただけることでしょう。
なお同時に、社労士自らも研鑚を積まなければなりません。そして社労士会とし
てはそのサポートをせねばなりません。なぜなら憲法を含めた基本的諸法令に通じ
ることではじめて社労士としての職務を全うできるからです。具体的な内容として
は、今後有資格者に対しては憲法、訴訟法などの研修を必須にし、また社労士試験
制度を見直し、法律家として最低限必要な法律科目を追加し、法律家としての素養
を身につける構想があります。
社会保険労務士は労働・社会保険制度の担い手であり、国民の幸福実現の担い手
です。この使命と役割を肝に命じ、法律家としての職責を最後まで果たす所存であ
ります。
寺田
どうもありがとうございました。やはり、社会保険労務士は労働社会保険諸法令
のホームドクターとしての役割をこれからも担っていく、その上で当然のことなが
ら自己研鑚を積まなければいけない、ということがこのシンポジュームでわかった
と思います。安心して任される社労士になれるように皆さん頑張って勉強しましょ
う。では、長い間どうもありがとうございました。ではここで司会の方にマイクを
返したいと思います。
司会
コーディネータの寺田先生、アドバイザーの河野会長、それから基調講演をいた
だきました阿部先生をはじめパネラーの皆様、長時間に渡り大変お疲れ様でござい
ました。会場の皆様、もう一度盛大な拍手をお願いいたします。ありがとうござい
ました。
【了】
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