労働争議と労使紛争における
                 社会保険労務士の果たすべき役割
    


東京会 河野順一
 


 長引く不況のもと、わが国の産業構造は大きな転換を迫られている。さらに、社会の急速な高齢化ともあいまって、従来の雇用形態は大きく変化しようとしている。当然ながら、大きな変化は往々にして摩擦を生み出すことになる。
 また、こうした一過性の要因もさることながら、労働者の権利意識の高まりから、今後は労使間のトラブル、或いは行き違いとしてもよいが、増加の一途をたどることは間違いない。

 このような状況のなか、労働の専門家で、かつ法律家としての身分を有する社労士の社会的責任が問われるのである。すなわち、労働問題の専門家としてその知識と経験を活かし、迅速な紛争処理を行う責務があるのだ。
 しかしながら、現在の法体系においては、社労士がこうした役割を果たすことに数多の障害が存在する。その最たるものは、社労士法第二三条の労働争議不介入条項である。社労士法制定以後、社会環境は大きく変わっているということは論を待たない。これに伴い本条の意義はすでに消滅しているのである。にもかかわらず、いたずらに社労士の権利を制約する規定を放置し、社会的責任を果たさないでいると、社労士は存在意義そのものを問われかねない。規制緩和の波が押し寄せて来ている現在、与えられた役割を全うしないでいる士業者は、真っ先に波に飲み込まれて消え去るだろう。

 ここでは、労使間のトラブルを処理するためのシステム及び社労士の役割の法的考察、並びに社労士が現在行うべきことについて以下に述べる。
 紛争処理システムについては今まさに論議されている最中であるが、いずれも現在のシステムの手直しを中心に据えた議論が多数であり、当職としては物足りなさを覚えている。目下当職自身思考をまとめている段階なので、新しいシステムのあり方については今後一層の議論を必要とする。今回は社労士から見た紛争処理のあり方と社労士の位置付けを明らかにすることを主眼に置いた。 

第 一 章
個別的紛争処理の必要性の高まり

(1)個別的紛争処理の必要性の高まり
 景気の下げ止まりがかすかに感じられるようになったとはいうものの、依然中小企業を中心に厳しい景況感が残り、また大企業においても雇用過剰感が続いている。
従来の日本的雇用形態の特徴として、「労使協調」、「終身雇用制」が挙げられるのだが、バブル景気崩壊以後長引く不況の下、最近になり急速にこうした雇用慣行が見直されようとしている。
具体的には、労働組合組織率の低下、労働力の流動化及びリストラによる終身雇用制の崩壊、派遣、パート、臨時社員等の活用をはじめとする雇用形態の多様化といったような形で現れているのである。
その結果、労働組合の存在を前提とした集団的紛争処理中心の現行のシステムでは、現在の労使紛争を処理するために必ずしも十分であるとは言い難くなってしまった。
すなわち、近年においては、個別的な労働者の苦情・紛争が増加しているため、個別的紛争処理の必要性が高くなってきたのである。

 こうした個別的紛争の内容としては、リストラ等による解雇あるいは賃金・退職金の不払いから、労働力流動化に伴う契約内容の認識相違による細かい争いまで様々である。こうした個別的な問題であっても、事業場に労組がない個々の労働者は、地域の労組等に個人加入し、集団的紛争の形をとって労働委員会に持ちこんで解決を図るというようなことがある。集団的紛争処理システム中心の現在では、一面やむをえない部分もあるのだが、本来こうした紛争は個別的紛争処理機関において解決されるべき問題である。裏を返せば、こうした事実が、個別的紛争処理機関が未熟である(あるいは充実していない)ことを物語っている。

 もちろん、その一方でこれらの紛争が労政主管事務所等の行政機関に持ちこまれる例も増えている。今後の高齢少子・成熟社会への移行やグローバルスタンダードの導入を考慮すると、このような個別的労使紛争は増加する傾向にあるといえる。
また、苦情・紛争内容そのものも従来とは異なる新しい形となったり、複雑化することも予測される。

(2)個別的紛争処理機関の整備
 平成一〇年秋に、労使法研究会が労使紛争処理の在り方等について報告書をまとめ、労働大臣に提出した。一部を以下に紹介する。

 個別的労使紛争処理制度については、これまでのところ、前述の通り、裁判所において権利義務関係の判定や和解を行うほか、一部都道府県の労政主管事務所、労働委員会、都道府県女性少年室及び労働基準監督署、さらに弁護士団体や労働団体等など公的・私的に多様な機関がそれぞれの特色を生かした多種多様な相談やあっせん等のサービスを提供している状況といえる。
 しかしながら、今後増加し多様化し複雑化していくと予想される個別的労使紛争の処理制度としては、総合的に見て整備されているとはいいがたい。個別的労使紛争については、問題点や解決方法・機関等について情報を提供してくれる相談機能と簡易なあっせん機能の整備の必要性が高く、これらについて公的機関によるサービス体制を整えるべきである。
  

 確かに、多くの機関がそれぞれに紛争処理にあたっているのだが、権限や関与できる事項がまちまちであり、紛争当事者が真に望む救済をスムーズに行えるとは言いがたい。
 そこで、第四章では、いかなる形の機関であればスムーズな紛争処理を行うことができるのか、現在の処理機関・処理方法等について考察し、個別的紛争処理の新しい在りかたについて提言を行ってみる。 
 なお、現時点では個別的紛争処理の在り方が焦点となるのだが、集団的紛争の取扱いについても多少触れておく。

第 二 章
 労使間の紛争に社労士の関与する余地はあるか。

(1)労働争議不介入条項の意義
 社労士が、主に労働・社会保険諸法令に定める手続及び労務管理等の面から事業主の経営を支援していることに異論を挟む余地はない。
 しかしながら、労務管理の点において社労士がその役割を全うしているかというと、全面的にこれを肯定するにはいささか抵抗がある。すなわち、労務管理において最も事業主(あるいは労働者)が助けを必要とする労働争議の場面において社労士は職務上の役割を果たせないでいるのである。
 この最も大きな原因は、社労士法第二三条の労働争議不介入条項の存在であろう。

[社労士法第23条] 
開業社会保険労務士は、法令の定めによる場合を除き、労働争議に介入してはならない。

 この条文が存在するが故に、これまで労使間のトラブルに社労士が関与することがタブー視されてきたのである。 
しかしながら、この巷間ではこの原則が拡大解釈(或いは曲解)されており、労使の円満な紛争解決を妨げる一因となっている。
そこで、まずここでいう「労働争議に介入する」という言葉の定義を再確認しておく。

・「労働争議」
本条に直接明示されているわけではないが、これに関し以下の通りの通達[昭四三.一二.一一 労発三四]で『労働関係の当事者間において、労働関係に関する主張が一致しないで、そのために争議行為が発生している状態又は発生するおそれがある状態』とされている。
争議行為 
 同盟罷業、怠業、腕章等着用、ビラ配布、作業場閉鎖その他
いずれも、平時であれば違法行為となりうる行為であるが、労働争議ということで合法とされている。さらに、どこまでが合法であるかということの線引きが非常に難しいという事情がある。このため、行政もこれらの行為については多少正当性を欠く場合であっても目をつぶっている。それほどまでにデリケートな問題であるため、行政は、社労士をはじめとした当事者以外の者の参加を排除しようとするのかもしれない。
 労使双方が実力行使に訴えて強行的な解決を図ろうと意図する場合には第三者の介入の余地はないだろう。
だが、実力行使に出る一方で平和的解決をも模索するような場合、これを支援する者の存在は労使双方にとってありがたいものである。

・「介入する」
 こちらについても平成一一年の新通達で、『第三者が労働争議に影響を与えるおそれのあるような関与をなすことをいうものであり、具体的には、当事者の一方の行う争議行為の対策の検討,決定等に参与すること、当事者の一方を代表して相手方との折衝にあたること、当事者の間にたって交渉の妥結のためにあっせん等の関与をなすこと等』とされている。
 さらに、『例えば、争議行為が発生している状態にある事業場の事業主又は労働者に対して社会保険労務士が、法第二条第一項第一号から第二号までに掲げる事務を行うこと並びに同項第三号の事務として労働社会保険諸法令の解釈・運用について相談に応じ、又はその遵守につき指導すること及び事業における労務管理のうち当該争議行為にかかわりのない事項について相談に応じることは、一般的には、労働争議に「介入」することには該当しない』ともされている。このようなことを理解せずに、争議行為が発生した事業場で直ちに社労士を全面的に締め出そうとする労組があるのは甚だ遺憾である。
 
 一方、社労士が指導した労務管理事項について紛争又は労働争議が発生した場合に、当該社労士が事業主の委任を受けて、当事者となって交渉にあたること等は労働争議に「介入する」ことにあたるとされている。
 しかしながらこの考え方はすこぶる疑問に感じる。
 例えば、争議行為の発生した事業場と何ら縁もゆかりもない社労士が関与する場合、あるいは実力行使に訴えることの対策に加わったり、当事者の一方の利益追求のみを目的として代理する場合は不当な介入といえよう。
 
 だが、特定の事業場(顧問先)で継続的に労使関係の問題に関与している場合、途中から労働争議等に発展したとしても、このような場合には労働争議に「介入する」ことになると狭く解釈すべきではない。労働争議が発生していても、それが直ちに第三者の関与を排除するものではないだろう。当事者の一方又は双方が完全に自主的解決を放棄し実力行使に訴える場合は第三者が関与する余地はない。このような場合に第三者が関与することに限って「労働争議に介入する」ことにあたると解せられる。
 言うまでもなく、労使の自主的解決を導くために交渉の場に立ち会ったりあるいは助言をすることは、「労働に関する事項について相談に応じ又は指導する」と社労士の業務を規程した社労士法第二条第一項第三号を根拠として行い得るのである。

 そればかりか、社労士の専門的な知識・経験をもって争議行為の自主的解決に寄与することは、かえって労使双方の利益にかなうものである。ひいては社労士職務の信用を高めることになろう。
 また、日頃から労使の問題を知り尽くしている社労士をこの場から排除することは、これまでの交渉を宙に浮かせることになりかねず、労使双方の利益に合致しないのはいうまでもない。また、そうなると社労士は労使問題を極力避けるようになる。
 これでは、事業の健全な育成と労働者の福祉の向上を目的とする社労士法の精神に反すると言わねばなるまい。
そもそも社労士法が制定された時点では、立法者が社労士に対し労働争議の解決を期待していなかったという事情もあるのだが、こうした条項が設けられた理由としては、次のようなことがあげられる。

 @)法施行当時より、いたずらに労使紛争を拡大しておき解決のための手数料を稼ごうとする「事件屋」の活動を抑止するため。
 A)社労士は法律により労働問題に関する公的資格を付与された者であり、公の信用を背景に業務を行う立場にある者であるから、それが介入することはその公正性を疑わしめるため。
 B)社労士は訴訟技術が未熟であり、依頼者の満足する結果を出せないおそれがあるため。
 C)社労士の介入がかえって争議の深刻化・複雑化をもたらすおそれがあるため。この他にも理由はあるかもしれないが、主なものは上記四点に絞られると思うので、ここではこの四点につき反論し、本条の削除を訴えるものである。

 @)まず、国家資格を有する社労士に対してこのような危惧を抱くこと自体馬鹿げた話であるが、ひとまずこれはおいておく。    現在は労務管理の重要性が広く認識されており、社労士は労務管理の責任を最後まで負わなければ、顧問先事業主を二階にあげておきながらはしごを外すようなもので、かえって公益を害することになる。
 社労士が労使いずれかに対し助言・指導したところで別段公正さを失うものではない。顧問社労士が顧問先事業主から顧問料をもらっているからといって、一方的な事業主の言い分をそっくり容れるものではない。それが不合理なものであれば是正する方向にもってゆくのが社労士の役割であろう。
 例えば、仮に事業主が極端な低賃金で労働者を酷使できるような規定を作りたいと顧問社労士に相談したとしよう。それが労基法、最賃法等法令に抵触しないものであれば、当該顧問社労士は事業主の意を受けてその通りにするものだろうか?いかに昨今の失業率が高く、労働者の立場が弱いといっても、労働者に最低限必要なインセンティブを与えねば生産性があがろうはずもない。そうなった場合、一番困るのは事業主である。こうした事態を避けるため、また運悪く紛争に発展した場合に、最適なアドバイスをできるはずの顧問社労士が関与できないとなると、労使共に不幸な事態に陥ることになろう。

 A)社労士が、使用者の依頼を受けて労務管理につき指導・助言を行うのは当然の守備範囲である。この際社労士は何も使用者のみの利益を優先させて労働者の利益を侵害しているわけではない。このようなことをして目先の利益のみ追求すれば,結局は事業の健全な運営を阻害してしまうことを(社労士はもちろん)最近の使用者はよく理解している。使用者の希望を叶えることで、最終的に職場全体の利益を追求する社労士が争議の仲介にあたったところでいずれかの利益が損なわれるということはあり得ない。
 また、労働者としても、不当解雇などをされても救済を求める先を知らないがために、誤ってエセ労働組合にすがりつき、結局泥沼にはまり込んでしまうというおそれもある。
 
 余談になるが、中小企業の経営者の中には、税理士に労務問題を相談する人が少なくない。当然専門外の問題に対して常に適格な指導をするわけにもいかないため、かえって問題をこじらせてしまうこともあると聞く。
 また、東京都労政事務所によると、昨今は労使共に「職場のルール」を知らないため紛争に発展するケースが多いということである。つまり、紛争解決に欠かすことのできない法知識を持たない当事者だけで解決を図ろうとするのは無理な話である。特に中小企業は資金力及び経験に乏しく、また家族的な労使間の紛争であるため、それ故に様々な紛争解決機関が存在するのなかでも、やはり最適なのは身近な労働問題の専門家である社労士であろう。 

 社労士が指導した労務管理事項について紛争が発生したような場合など、当該社労士が解決のための関与ができないとするほうが不合理である。このことは、平成一〇年四月一日に開かれた第一四二回衆議院労働委員会の場でも論議されている。

(森英委員の発言より抜粋)
――――社会保険労務士法第二三条が定める労働争議への介入禁止につきましては、およそ開業している社会保険労務士としての身分を有する者であれば、業務外に行う場合も含めて、労働争議に一切介入してはならないとするものでありまして、これは余りに厳格過ぎ、また今日的な状況にそぐわないという見方もできると思います。
 すなわち、第一には、社会保険労務士法の制定時においては、当時の労働事情などからこのような原則が定められることはやむを得ないものがあったけれども、その後、労使関係の状況も変化しているのではないか、また社会保険労務士制度に対する社会的信頼も高まっているのではないかということを考えます。
 第二に、争議行為が生じた場合に、社会保険労務士が企業の労働条件の改善などに向けての継続的な努力を中断せざるを得ないというのでは、かえって問題の円満な解決を遅延させるおそれがあるのではないかということも考えられます。――――

 何より私自身、かつて顧問先で作成した賃金規程をめぐって紛争にまき込まれた経験を持っている。
 このときは、労働組合の側から、「何故これを作成した社労士がこの場にいないのか。」と言ってきた。
労使ともに場合によっては第三者(社労士)の仲介・助言・説明を必要とするのであると痛感する。同じような経験を持つ社労士は少なくないのではなかろうか。平和時に行われた労使問題の相談・指導が、争議の発生と同時に一切禁止されるということは、かえって当事者の不信と不満をまねくことになる。
 
 B)これは弁護士からの指摘である。
確かに社労士は訴訟代理権を持っていないため、訴訟技術は弁護士に比べて未熟であろう。しかしながら、このことと労使紛争の解決にあたることとは別問題である。紛争解決の前提となる労働関係諸法令に精通しているか否かについては明らかに社労士に分がある。労働関係諸法令に精通している弁護士は全国でも五〇人に満たないと聞く。これでは到底世の中のニーズに応えることはできない。司法制度改革が叫ばれているのも、まさにこの点にある。
 また、"優秀"とされる弁護士ほど、ややもすると訴訟技術に目を奪われて、"依頼者の勝ち"だけを考えてしまうことになる。後述するが、一時的に裁判で勝ったからといって本当に労使紛争が解決されるわけではないのだ。事業活動を継続して行う限り、後々の影響まで考慮した紛争の本質に迫る解決が求められるので、労働問題のスペシャリストである社労士の方がふさわしい

 ただ、社労士は資格試験に憲法がないため人権感覚に乏しいという指摘もある。残念ながらこれは否定できない。しかしながら、この点は今後学習すればいくらでも身につくものなので、社労士に与えられた課題と受け止めよう。
 
 C)第三者の介入は紛争を激化させるおそれもあるが、それは社労士の場合に限ったことではない。労働者の権利擁護の美名のもとに、不当な介入手数料を稼ごうとするエセ労組の介入による弊害を考えると、社労士の節度ある助言は望ましいものと考える。

(2)労使紛争の定義
 さて、以上労働争議についてみてきたが、「労働争議」と「労使紛争」は明確に区別しておかなければならない。
労使紛争とは、労働争議に至らないまでも、様々な事項について労使の間に主張の食い違いがあり、円満な労使関係の維持のためには何らかの解決策が必要である状態と解される。
 例えば、後述する都道府県労働局による紛争解決援助システムなどは、労働争議にかかる事項等一定の事項は除外されているが、その他は関与できることとなっている。社労士にしても、条文上明確に介入が禁止されているのは労働争議についてのみである。また、この規定は特別に社労士の代理権を制約するものであるため、拡大解釈の余地はないものと信じる。したがって、一般の労使紛争(労働争議に発展した又は発展しつつあるものを除く紛争という意味)であれば、現行法上社労士は何らの問題もなく関与できるのである。
 しかしながら、繰り返すが「餅は餅屋」であり、労務管理に属する労働争議は社労士が介入した方が合理的な解決方法に容易たどり着くことができるのだし、また介入を認めない現行法は憲法違反(月刊社労士平成一一年六月号掲載「憲法と社会保険労務士」参照)の疑いが強いことからも、根本的な法改正が必要であるということを念のため申し添えておく。

第 3 章
労使紛争の処理方法

(1)労使紛争の処理にあたり留意すべき点
@.当事者の合意(納得)が欠かせない。
いずれか一方あるいは、公的・私的を問わず第三者機関による一方的な決定は、事後の労使関係を不順にする。
双方が合意したことでお互いこれを遵守しなければならないとする心理的効果も望めよう。

A.合意事項をお互いに遵守させるシステムを構築する。 
再発防止もさることながら、労使の信頼関係が破綻すると本件以外の、他の様々な問題にまで波及する。一度合意された事項が遵守されなければ、労使の紛争は修復不可能なまでに拡大するおそれがある。

B.合意の形成は最大限自主的判断を尊重する。
解決内容に対する労使双方の納得は最も強力な再発防止のための抑止力となる。

(2)労使紛争の動向に影響を及ぼす要因
@.紛争に発展するまでの経緯
紛争の原因は何か。また、紛争に発展するまでに回避するための行動をとっていたか。

A.紛争の発生時期と当時の周囲の環境
外的要因が,当該紛争をあおるものでないか。(同種の紛争が多発しているか否か等)

B.紛争当事者の事情(外的・内的要因)
当該労組に上部組織があるか。日頃から労使に感情的な対立があるか否か等。

C.紛争発生から処理着手までの動向
どの時点で紛争処理機関に援助を求めるか。

D.労使双方の妥協の可能性 
どういう解決が望ましいのか。落としどころはどこに設定するか等。

(3)機関別による処理方法の類型
 
 紛争処理のイニシアティブをとるのが当事者であるか処理機関であるかによる分類は以下の通り。
@)公的機関の判断に基づく、強制力を伴う処理方法
A)公的機関による、当事者の合意を前提とした処理方法
B)私的機関による、当事者の合意を前提とした処理方法
 
 この中で最も好ましいのはA)であるといえる。
なぜなら、労使紛争は他の種類の紛争とは異なり、紛争解決後の労使関係に与える影響を考慮する必要があるものが多々ある(もちろん労使関係が終了し、その後のことを考慮する必要がないものもあるが)ため、まず当事者の合意を前提としなければ真の意味での解決とならないからである。
 
 また、私的機関では、当事者双方に合意事項の遵守を履行させる強制力をどこまで行使できるか疑問である。紛争解決のためにはある程度合意事項遵守を担保する力が必要であることから、私的機関よりは公的機関の方が望ましいといえる。もちろん既存の官公庁では縄張り争いの問題があるのでこれを修正する必要はある。
 
(4)紛争処理機関
 労使紛争を解決する機関は様々なものがあるが、紛争の内容によって処理できるものとできないものがあり、また紛争の性質によって機能しうるものとしえないものに分かれるなど、現在のところ、全ての問題に対応できる機関は存在しない。
 公的・私的なもので代表的なものは以下の通り
@裁判所               
A労働委員会             
B労働基準監督署           
C女性少年室(平成12年3月31日まで)
D労政主管事務所           
E都道府県労働基準局(平成一二年四月一日改組)
F労働条件相談センター
G弁護士会仲裁センター        
H企業内紛争解決機関         

 これらの機関が法律上の根拠を有すると否とに関わらず、現在機能している。しかしながら、労使紛争の解決のためには各々が様々な問題を抱えており、今後増加する労使紛争に十分な対応をすることはできない。そこで、この役割と問題点について検証し、いかにすればこれらの問題を解決できるのか、また新たな機関を創設することで問題が解決するかという可能性について述べてみよう。

@裁判所
 権利紛争を解決する手段として最も強力な拘束力を持つのが裁判であるのはいうまでもない。判決までのプロセスを経ることで、最も公正でオープンな過程を経て解決に導かれよう。しかしながら、判決内容は当事者双方の合意に基づくものではないため、特に雇用関係において事後の悪影響が懸念される。例えば、金銭的な解決ではない、従業員の身分を有することの確認などでは、勝訴したとしても必ずしも満足な結果が得られるわけではない。すなわち、仮に従業員が勝訴して従業員として当該事業場に残ったとしても、その後の労使間の関係が円滑に行く保証はない(むしろぎくしゃくした関係が残るほうが自然である)。
 また、わが国の司法制度は現在のところ、一般市民が気軽に利用できるようにはなっていないという問題もある。
こうした状況を改めるため、司法制度改革審議会が、平成一三年を目途に内閣に対して報告できるよう審議を進めている。今回の改革は、「法曹人口増加」、「法曹一元化」、「陪審・参審制度導入」の三点が柱となっており、紛争解決処理機関としての機能に最も影響する"法曹人口"の点について述べよう。
 法曹人口の不足が原因で、審理にかなりの時間がかかるため、訴訟を継続できない、又は勝訴しても時間の経過あるいは費用の負担増とともに訴訟の意味を失ってしまうというような問題がある。今後規制緩和が進み産業界はいやおうなく大競争時代に突入することになる。その結果、企業間の紛争のみならず、企業内、つまり労使間の対立も一時的であれ(あるいは恒久的なものになるかもしれないが)一層先鋭化し件数も増加するだろう。こうした状況を見据えて司法機能の強化を図らねば、早晩裁判所は権利救済機関としての機能が麻痺してしまうことになる。したがって、裁判所が労使紛争の処理機関として機能するか否かは今後の司法制度改革の行方にかかっていると言っても過言ではなかろう。
 さらに、これは労使紛争の処理について限ったことではないが、裁判所は必ずしも真実を追究する場所ではない。
いかに裁判官の心証を誘導するかで判決が変わるのが実態であるため、特に労使紛争の処理機関としては好ましくないといえる。ある問題を抱えた人が弁護士を介して訴訟という解決方法を選択する。この人は予め結果を予測して裁判に臨んでいるのが実態である。
 
 また、労働問題であっても、法廷で決着をつけようとすると、弁護士しか代理人となれないということも看過できない問題である。弁護士法第72条の独占規程はすでに歴史的役割を終えたのである。一昔前のように、国民一般の教育水準が低かった頃ならいざしらず、現在は国民の多くが高等教育を受けており、弁護士のみに法廷代理を認める必然性はない。事件の内容に合った、よりふさわしい人間が関与(代理)すべきであろう。これが本当の意味での司法改革であり、規制緩和であると信じる。
もっとも、最終的な法的判断を下せるのは裁判所であることにも留意しておくべきである。
判決による解決の他、和解による方法もある。これについては、
@)裁判制度の不備を覆い隠すものである。
A)安易に和解に走る傾向がある。
といった批判がきかれる。
裁判制度は厳格・画一性の点で優れているが、これを追求する以上、多大な費用と時間がかかる。こうした点が不備であるとされているのだろう。しかしながら、厳格・画一性よりも迅速・簡便さが求められることもあり、こうした場合に補完的な意味で和解を行うことに問題はない。
 
 二点目の指摘はもっともである。裁判官は年間に一定の訴訟事件を処理しなければならない。判決を出すのも和解で訴訟をとりさげるのも同じ一件の処理であり、裁判官の評価が何件処理するかということでなされる以上、どうしても安易な和解を当事者にすすめることがある。これは弁護士にしても同じで、報酬を効率的に稼ぐためには二件にあまり時間をかけていられないことから、和解をすすめたがる。このように、当事者の都合を無視した和解は厳に慎まれなければならない。しかしながらこれは制度に内包された問題であり早急にはいかんともしがたい。したがって、和解という方向性は残したまま新たな制度の構築を模索する必要がある。
    
A労働委員会
 労働委員会は、労使紛争の解決を図るため、独立した行政機関(行政委員会)として労働組合法に基づき、中央労働委員会(国)と地方労働委員会(都道府県)が設置されている。
 この組織は、公益委員、労働者委員、使用者委員各同数の委員から成っている。公益委員は、公平な第三者の性格を持つものであり、また、労働者委員、使用者委員も、単に利益代表として機能するものではなく、それぞれの側の労使の事情を公正に反映させる立場にある。
 職務としては、労働関係調整法、労働組合法及び関係法令に基づいて、主として次のような仕事を行っており、調整的・判定的機能を有している。

(1)労働争議の調整(調整的機能)
(2)不当労働行為の審査(判定的機能)
(3)労働組合の資格審査(判定的機能)

 労働委員会が行う調整の方法には、「斡旋」「調停」「仲裁」の三つがあり、当事者は、これらのうちのいずれの方法でも選ぶことができるし、また調整が開始される前或いは開始された後であっても、「和解」をすることができる。
不当労働行為の認定にあたって和解が行われることについて、「企業による不当労働行為の責任があいまいになる」という批判がある。不当労働行為の再発防止ももちろん大切であるが、なんといっても紛争処理を行う最大の目的は労働者の救済であり、使用者の責任追及ではない。
 前述の通り、場合によっては使用者側を追い込むことが労働者の不利益になることもあるのだ。労使関係の継続性を考慮すると、紛争が円満・迅速に解決されることが最優先されるべきだろう。また、不当労働行為の再発防止という観点からは、使用者の責任を明らかにしておいたほうがベターではある。だが、和解が成立した以上は大きな心理的抑制が働くこととなり、同様の行為の再発は考え難い。
 
 また、救済命令が出された場合には被申立人の不満が強いうえに、裁判による取り消しが相次いでいることから、現時点では実効性に乏しいといわざるを得ない。むしろ、強制力が実質的に差異がないのであれば、被申立て人が受け入れやすい形(=和解)を採るほうがよい。ただし、いうまでもなかろうが、安易な和解に走って本当の意味の解決をおろそかにしてはならない。 
基本的な調整の方法は以下の通り。
 まず、労働争議発生時に、労働委員会会長が指名した斡旋員が個人としての資格で当事者双方の主張を確かめ、両者の歩みより及び紛争の解決を助成する、「斡旋」という形がとられることが多い。
 「斡旋」が不調に終わった場合などには、調停委員会が紛争関係当事者の意見を聴いて調停案を作成し、双方に受託を勧告して争議の解決を図る「調停」が行われる。
 「調停」は、原則として労使紛争を労使が自主的に解決するために助言を与えるものであり、あくまで自ら解決するということが前提となっている。
 「仲裁」とは、仲裁委員会が争議の実情調査をしたうえで仲裁裁定を定め、当事者双方が裁定に拘束されることにより解決を図るものである。仲裁の場合、解決のイニシアティブをとるのが当事者ではなくなるという点で、「斡旋」、「調停」とは大きく異なる。
そもそも労働委員会は準司法的な権限を持つ機関であるが、労使の紛争に対して行使できる権限は労働争議調整権限及び不当労働行為救済権限にその権限が限定されているため、まず労働組合の存在が前提になる。したがって、個別的紛争処理は行うことができず、解決機関としては極めて窓口が狭いものと言わざるを得ない。
この欠点を改善すべく法改正が検討されているが、後に述べる。

B労働基準監督署
 日常の諸手続などの窓口となる機関であり、先に列挙した機関の中では最も一般的になじみのあるものであろう。
しかしながら、労働基準監督署の解決方法は、主に労働基準法等一部法令の違反があったときにこれを是正させ又は司法権を発動することが予定されているので、裁判所同様一方的な解決方法の強制となるため継続的で良好な雇用関係の存続の障害となるおそれがある。
 また、法違反の状態がない場合、労働条件相談員なるものがおかれてはいるものの、人的な制約から、直接的な解決には至らないのが現状である。さらに、労働基準監督署は労働基準法等の違反を取り締まることが第一の目的であるため、民事上の助言までできないことがある。例えば、所定の手続も理由もなく、解雇予告も解雇予告手当ての支払いもせずに労働者を解雇した使用者がいたとする。解雇された労働者が労働基準監督署に申告しても、労働基準監督署としては「解雇予告も解雇予告手当ての支払いもしなかった」という労基法違反を是正させるにとどまり、解雇権の濫用(解雇するに正当な理由があったか否か)についてまで労働者の救済にあたるものではない。この点からも、労働基準監督署は総合的な紛争解決処理機関としての機能は望めない。
    
C女性少年室[均等法第一二条第一項]
(*平成一二年三月三一日まで)
 女性少年室では男女雇用機会均等法や育児介護休業法等の違反事項を管轄とし、取り扱える事項が限定されている(均等則第二条「募集・採用」、「配置・昇進・教育訓練」、「定年・退職・解雇」、「福利厚生の措置の一部」)ため、やはり門戸は狭いものである。
 しかしながら、例えば同法で定める勧告・指導等については強制力がなく当事者の合意が求められる点、調停の開始には当事者双方の同意が必要とされる点など、一方的な解決方法の提示とは異なる点に着目すべきである。
いずれにしても、平時の紛争防止活動に重点を置き、紛争解決は総合的な判断を行える機関に委ねるべきであるといえよう。

D労政主管事務所
 地方自治法に基づき、労働問題に関する事務を行うものとして、各都道府県に設置されている。
各都道府県により名称に違いはあるが、労働教育等を行ったりする他、労働者の苦情を受けて事業主から事情を聞 いたりしており、これも紛争を解決するための一機関とされている。
 本来このこの機関は行政施策の一環である「サービス」として相談を行っているのであり、斡旋等を行う法的権限はない(実際にはここで斡旋も行っており、解決に至る例も少なくない。)ため、今後の対応において実効性に乏しいという点は否めない。また、労働実態の調査や教育・指導も行うが、その指導に従うか否かは全く当事者の自由であり、従わなかったことによるデメリットなども全くないため、紛争の直接的な処理機能はないとさえ言える。
 ただ、それ故に気軽に相談できるという面があり、門戸が広いという面もあるため、紛争にいたる前の防止効果は望めよう。いずれにしても、紛争処理の補助的機関にとどまるものである。 
 これに期待するものは、平時の労働教育に限定されるべきであり、紛争解決の主体とはなりえない。

E都道府県労働局
平成一〇年の労基法改正により、一〇五条の三として都道府県労働基準局長(現都道府県労働局長)による紛争解決処理制度が新設された。
増加する一方の紛争を迅速に解決する必要に迫られてできた規程という感がある。
平成一〇年一〇月に始まったこの個別労使紛争解決援助制度は一年間で約一万三千件を処理した。

[労基法第一〇五条の三第一項]
都道府県労働局長は、労働条件についての労働者と使用者との間の紛争(労働関係調整法第六条に規定する労働争議に当たる紛争、国営企業労働関係法第二六条第一項に規定する紛争及び雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第一二条第一項に規定する紛争を除く。)に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。

これは、個別的労使紛争処理を広範に行うことを目的として、都道府県労働局長に新たな権限が付与されたものであるが、明確に以下の三点が除外されている。
@)労調法に規定する労働争議
A)国労法に規定する紛争
B)均等法に規定する紛争
 
 これらが除外されているのは、各々の紛争の性質によるところもあり、A)が除外されるのはやむを得ないところであろう。しかしながら、@)とB)については多分に「役所の縄張り」という考え方がうかがえる。すなわち、既に@)については労働委員会、B)については女性少年室が所轄しているため労働局長の所轄から外されているとの見方ができるのである。したがって、従来の機関を統合する可能性を考えるうえでは、労働局に労働委員会及び女性少年室の機能を集約させることが近道といえる。
 そのため、平成一二年四月より、B)に関する指導等も行うことができるようになった。

F労働条件相談センター
 全国二〇箇所に労働省が配置した電話相談所で、労働関係の専門家が労働問題に関する電話無料相談を行っている。
 紛争の解決を目的とするものではなく、紛争を防ぐための限定された役割を持つ。

F弁護士仲裁センター
 東京弁護士会など、相談業務の延長として、幅広く紛争解決にあたっている。
 しかしながら前述したように、弁護士の場合、訴訟技術に長けてはいるものの、労働関係諸法令に精通している人が少ないというデメリットがあり、法律関係を明らかにするよりもとにかく和解を急がせる恐れがある。もちろん紛争当事者双方が納得して和解するのであればそれにこしたことはない。誰しも余計な争いはしたくないものである。
 だが、"初めに和解ありき"という姿勢が前面に押し出され、法律関係を明らかにすることがおろそかにされてしまうと、当事者の双方あるいは一方が意に沿わぬ妥協を強いられることになりかねない。
 さらに、弁護士の場合、一人当たり平均五〇件もの案件を抱えており(このくらい抱えていないと食べていけないとのこと)、一件にかけることができる時間は極めて限られる。そのため、前述の通りいきおい即和解に導こうということになるのだが、ここではおいておく。いずれ法曹人口を増やし、もっと市民が気軽に司法制度を利用できるようになるのだろうが、当分先の話しである。一方、労使紛争の激増は待ってくれない。
 その他、弁護士会の機関が不適当な理由として、不祥事の多さがあげられる。ここ数年来、金絡みの犯罪を犯し、実刑判決を受ける弁護士が急増している。社会正義・人権を標榜し、他人を批判する資格が日本弁護士連合会にあろうか?暴力団を除き、毎年これほどの逮捕者を出す組織は他にない。弁護士会の機関紙「自由と正義」には、毎号一〇ページにもわたって懲戒処分者の発表がある。それだけ自浄能力が高いという見方もできるが、やはりこれだけ不祥事が多いと安心して弁護士に仕事を依頼することはできない。
 弁護士会は行政機関ではないが、全員強制入会というシステムをとっていることから、多分に公的機関としての性質を有しているといってよいだろう。このような組織で、日頃から労務問題に深く関わり、労働関係諸法令に精通する者で組織する団体といえば社労士会である。社労士会に紛争処理のための部門をおき、一定の行政権限を付与されたなら、全ての労使紛争にわたって実効性のある解決を図ることができるに違いない。

G企業内紛争解決機関
 労使が共同で設置する、完全に自主的な機関であり、苦情処理制度や労使協議制度等があげられる。ここでは、社労士の外からのアプローチが主題なので割愛する。

 以上みてきた各種の紛争処理機関で、現在の形のまま今後の労使紛争処理にあたれるものはない。そこで、従来のシステムを手直しして活用するか、あるいは全く新しい機関を創設するかということを考えなければならない。

第 4 章
新しい解決システム

(1)現在のシステムを活用する方法
 先の労使法研究会報告では、今後の紛争処理制度の在り方について以下の通りの提言があったので、まずこれにつき考察してみる。

@)労働委員会活用案
A)雇用関係委員会活用案
B)労政主管事務所活用案
C)民事調停制度活用案
D)都道府県労働局活用案
E)「雇用関係相談センター」活用案
 
 
@)労働委員会活用案
平成一一年一一月、連合が「個別労働関係調整法」           案をまとめ、労働委員会が個別的労使紛争に関与できるよう民主党に働きかけた。この法案が成立すると、相談・斡旋・仲裁・調停の四段階システムで個別紛争の解決ができるとされている。
 この案が、従来の集団労使紛争処理の枠を超えて、労働者個々のの苦情、紛争処理を取り扱おうとしている点は理解できるが、単に「縄張り拡大」を目的とした、単なる従来の職務の延長ととらえてはならない。
すなわち、個別的紛争の処理においては、集団的紛争の場合とは性質が異なる問題も多々あることに留意しなければならないのである。例えば、集団であれば何事も主張できる労働者であっても、いざ個人となると大仰な紛争解決機関を活用することをためらってしまうことがある。まず、こうした個別的紛争に特有な事情にも配慮しなければならないという事情がある。
 実際、労組の組織率の低下に伴う集団的労使紛争の減少、裁判所による労働委員会の救済命令取り消しなど、労働委員会制度の存在意義にかかわる問題が山積みされているだけに、安易に労働委員会活用案を採ることはできない。
 こうした点を踏まえたうえで労働委員会を活用することとすれば、実際の運用にあたり、手続の迅速化と専門性向上への取組が求められる。人員の確保と専門性の向上はある程度の時間をようするため、労働委員会の改革を行うのであれば、新しい組織を構築した方が早いということになろう。
  
A)雇用関係委員活用案
地方労働委員会を国の機関として、労働関係上全ての紛争処理を行わせようとするものであるが、@)以上に人材確保の点で無理があるため現実的でない。

B)労政主管事務所活用案
平成一一年一一月現在、東京都では迅速な問題解決を図るため「雇用関係調整委員会」(仮称)なるものの設置を検討している。労政事務所による斡旋で、一定期間経過しても解決しない紛争につき同委員会が事情聴取、助言、説得を行って解決を図り、なお不調に終わった場合には知事名で勧告書が出されることになるという。
 さらに実効性を持たせるため、著しく不当と認められる企業については「企業名も公表」というペナルティも検討されているが、これがどれだけの効力を持つのか甚だ疑問である。
 また、地方自治体の機関であるということは、地域の実情に応じた解決方法を探ることができるというメリットがある。しかしながらその反面、取扱いに地域的な差異が生じ、不合理な結果をもたらすことになる恐れがある。この点で、D)の労働基準監督局活用案の方がより現実的であり、この案を採る意味はない。

C)民事調停制度活用案
 本来、民事調停制度は裁判所における権利紛争を想定したものなので、運用の形を根本的に変える必要がある。
仮に、調停の対象となる紛争を限定しないこととするのであれば、裁判制度との兼ね合いから、無理に調停制度を変更するのではなく、同様の機能を持った別の機関を創設した方がよい。

D)都道府県労働基準局
 この度前記の労基法第一〇五条の三が改正され、名称      が「都道府県労働局」となり、均等法第一二条の改正により、現在除外されていることとなっている、均等法上の争議等にまで指導等の権限が付与されることとなった。
 現行のシステムを活用するということであれば、最も可能性が高いものと考えられる。
 しかしながら、紛争処理にあたる機関と事業場(ひいては労使関係)を監督する機関は別個のものであることが望ましい。なぜならば、監督権限を背景とした機関による調整は必ずしも労使双方の合意に基づくものでなくなるおそれがあるからである。
 さらに、役所の縄張り意識を解消できるかという問題もある。
 したがって、やはりこれと同様の機能を持った機関を創設すべきとの結論に達する。

E)「雇用関係相談センター」活用案
 国民生活センター及び消費生活センターをモデルとして新たな機関を創設するものである。現行のシステムを活用するものではなので、詳細は後述する。

(2)新しいシステムの創設
 ここまでみてきた通り、現在のシステムを改革して活用する案にはいずれも限界がある。そこで、新しいシステムの創設が必要になるのである。 
 まず、前出の「雇用関係相談センター」であるが、これから紛争解決にあたるための相談員、調整担当者を確保・養成しなければならない。これについては、労働委員会等の機関から充当することも一応可能かもしれない。しかしながら、完全な公的機関であっては、既存の人員の配置転換には限界がある。
 そこで、労務管理のプロである社労士で組織する機関の必要性がでてくるのである。厳密には社労士会は公的機関ではない。この点で、先に述べた「労使双方に合意事項を遵守させるための権限(担保力)」が欠けるといえる。しかしながら、社労士会は国家資格を持つ者が強制入会とされている組織であるが故に、準公的機関という位置付けができよう。従って、この権限が付与されることに問題はない。
 機関の構成としては、連合会監督のもと、各都道府県単会に労働問題相談部、労働紛争仲裁部を設置する。
 労働問題相談部には常勤の相談員として社労士を配置し、当事者の一方又は双方の申し立てを受けて斡旋・調停までを行う。
労働紛争仲裁部には相談員と労働委員会の公益委員からなる仲裁人を配置し、公労使三者構成の紛争仲裁所をおく。ここではとりあえず労働委員会の公益委員としたが、特に労働委員会にこだわる必要はなく、他の学識経験者等をあてるのでもよいだろう。
 基本的な構成としては現行の労働委員会と労働局の機能をモデルとして"いいとこどり"をすればよく、詳細な点についてはさらに今後の研究課題としたい。
なお、ここまで個別的紛争処理に重点を置いてきたが、この新機関構想では集団的紛争処理も視野にいれるべきであろう。そうなると、社労士法改正という問題が残るのだが、ちょうどよい機会でもあるので、法改正に向けた行動を起こすべきである。
この際、弁護士法第七二条の規定を問題視する意見もあるが、この考え方には甚だ疑問を感じる。いわば、社会保険労務士法は、一般法である弁護士法に対する特別法であるといえる。もともと、一般法である弁護士法ですべての法律行為を弁護士が行うようにされていたところ、その後になって新たな社会的必要性が生まれ、特別法として社会保険労務士法が制定されたのである。憲法を頂点としたピラミッドの下、同列の法律の中に社会保険労務士法と弁護士法が存在し、相互の間に上下関係はない。しかしながら、一般法と特別法の関係でみた場合、特別法は一般法に優先する。つまりこの場合、社会保険労務士法が弁護士法に優先するということだ。
 現在、規制改革委員会が弁護士業務の一部開放を検討しているのも、現行の弁護士制度に不備が目立ち、国民の利便性に反することが明らかになってきたからである。同様に、社会保険労務士の活動を制約する規定も、国民の利便性故に改正されねばならない。
 実際、社会保険労務士の専門性、必要性が認められて、審査請求等の代理権が付与されることになったのである。
社会保険労務士法第二三条を廃止したならば、その立法趣旨(この場合は廃止の趣旨)は、社会保険労務士に労働争議への関与を解禁するということになるので、弁護士法第七二条を根拠として社会保険労務士法の内容に制限を加えることはできないのである。
 仮にまだこれでは不十分であるという意見があるならば、更に一歩踏み込んで、社会保険労務士法に新しい条文を設ければよい。現在行われている司法改革により、弁護士法第七二条による法律事務の独占という、弁護士固有の既得権が事実上権能を失う日は近い。これは時代の趨勢であり、この流れは誰にも止められないのだ。だとするならば、来るべきその日までの間、例えば以下のような条文を設けて特別法(社会保険労務士法)の充実を図れば法体系上の問題は完全に解消するだろう。

[社会保険労務士法第二条第一項第四号]
前各号に掲げる事務を除く、労働社会保険諸法令に係る法律事件に関し、円滑な当事者間の解決を図るため当該法律事件に係る簡易裁判所における訴訟代理及び労働争議における代理、調停、仲裁、斡旋その他政令で定める事項を業として行う。

 ここでいう「労働社会保険諸法令に係る法律事件」とは、簡易裁判所における、労働社会保険諸法令について発生する一切を包含する事件を指し、具体的には、労働基準法に係る賃金債権その他の労働債権で訴額が九〇万円以下の事件に係る訴訟代理権をいい、あるいは労働争議における代理、調停、仲裁、斡旋など、労働社会保険諸法令の高度な専門的知識を必要とするものをいう。 
 簡易裁判所における訴訟事件では、本人訴訟がかなりの割合を占めている。法律の素人が訴訟を行っているというのに、労働・社会保険諸法令の専門家がこれを行う能力がないわけがない。社労士のうちにさえ、社労士の簡易訴訟代理権等を指して「ないものねだり」は現実的でないとする意見があるようだが、そういう人はこの現実をどう説明するのだろうか。自ら足かせをはめていては、社会的な評価はいつまでたってもあがろうはずもない。
 特に個別的労使紛争についてはより迅速な解決が必要とされるし、またそれが可能であることから、これに限っては特別な訴訟手続(ここでは仮に「個別的労使紛争訴訟手続」と呼ぶ。)を創設することが望まれる。
 すなわち、訴訟の前段階で前述の、社会保険労務士会の中に設置された個別的労使紛争処理機関において和解の可能性を探り、和解が不可能と明らかになった時点で簡易裁判所において審理を行う。原則として、証拠調べはこの時に終え、即日判決を出すようにするものである。
集団的労使紛争に比べ、証拠調べが容易に行われる点などから十分に実現可能であるし、何より費用等の面で国民にとり利用し易いという大きなメリットがある。
 これに対し、整理解雇、不当労働行為といった集団的労使紛争の場合は現行の審理を基本としつつ、審理を進めるにあたっては裁判官の他に社会保険労務士の参与を求めることが妥当であろう。一般の参審制が議論されている現在、一般市民の参審よりははるかに現実的であるはずだ。

 これを実現することにより、司法予算及び裁判官の増加等、現在の司法制度が抱える問題の多くがクリアできることにもなる。
再度法曹人口の不足について言及するならば、国民を司法制度から遠ざけている最大の元凶は、現行の弁護士法第七二条が非弁護士による法律事務の取扱いを禁止していることである。弁護士の数が全国的に偏在している状況にあり、また少額の事件に積極的に関与する弁護士は極めて少ないという現実は、国民の裁判を受ける権利を不当に侵害している。
 いっそのこと、弁護士であるか非弁護士であるかを顧客に明示することを条件に、そのいずれに代理を委任するのか国民の選択に委ねてはどうか。費用が高くても弁護士に依頼するのか、費用が安い非弁護士に依頼するのかといった選択は国民として当然の権利である。
 仮に費用を安くおさえて非弁護士に依頼した結果、満足のいく結果を得られなかったとしても、それは依頼した本人の自己責任に帰すべき問題であるし、また、費用の安い非弁護士が依頼に対し十分な結果を出すこととなれば、弁護士法第七二条は不当に非弁護士の職業選択の自由を侵しているということになる。

 今後、個別的労使紛争が増加の一途をたどることはほぼ間違いない。こうした紛争を迅速・適正に解決する手段を早急に確立しなければ、我が国の国民生活の安定及び産業界全体にとって大きなマイナスとなる。そこで、社会保険労務士が個別的労使紛争の解決に寄与する必要性が出てくるのである。
 平成一一年一二月一四日の行政改革推進本部規制改革委員会の第二次見解発表によると、司法書士に対して簡易裁判所における訴訟代理権を付与することが実現する見こみとなった。これは、司法書士は各々が問題意識を持ち、積極的に行政に働きかけているからである。これを知ったとき、非常にはがゆい思いをした。我が社労士会は一体何をやっているのか。同じ士業に携わる者として情けない限りである。
 さらに、平成一二年三月三一日に発表された閣議決定では、今年度の業務範囲見直し対象資格から社労士は除外されることとなった。簡易訴訟代理権の獲得等はいくぶん遠のいてしまったのである。
 しかし、まだ完全に希望が潰えてしまったわけではない。このまま指を加えて社労士という士業が衰退して行くのを待つのはごめんである。今こそ我々も一丸となって行政に働きかけねばならない。